会場には、今回の熊本地震復興支援の募金箱もありました。
去年も名手たちのフッサリとした極上の演奏に感動しましたが、今年は更にそれを上回る素晴らしいコンサートとなりました。
今回のゲストピアノは、もう20年以上に拙コンサートにお付き合いくださっている砂原悟さん。
生演奏で聴くのは初めてのグリンカのトリオは、まるでショパンのような繊細なピアノが美しい作品。
クラの兼氏さん、ファゴットの柳浦さんたちとのアンサンブルも見事で、堪能しました。
ホルンの有馬さん、オーボエの長岡さん等も加わってのフルメンバーでのモーツァルト
は、名手たちの井戸端会議といった様相もあり、とても楽しめました。
しかしながら、この日の白眉は、やはり砂原悟さんによるブラームス。
こう書いても、おそらくメンバーも、会場に居合わせた誰しもが納得してくださるのではないかと思う。
故・植村泰一先生の演奏は、チューニング音だけで、何故か涙が出てきてしまうというもので、私にとっては無常の歓び、この世の極楽といっても良い程のものでした。
でも、先生亡きあと、そういった経験とはずっと無縁でした。
それが、今回は、砂原さんのピアノの一音目から、涙が溢れてきた。
最近、感動する事自体も薄れてきているので、自分でも驚いた。
音楽を聴いて、体中の全ての細胞が喜び、心が震える、という感動は本当に久しぶりです。
もちろん、以前から砂原さんのピアノは本当に素晴らしいし、だからこそ、植村先生もいつも砂原さんにピアノをお願いしていらしていて、御二人のマリアージュは最高だった。
僭越ながらご一緒させていただいた2年前の12月の奏楽堂の時も、昨年春の鶴見でのミニピアノとの時も、もういつだって、素晴らしい演奏でサポートしてくださっていただきました。
でも、今回、砂原さんがより進化、深化して更なるステージに進まれたのをありありと感じさせられました。
ブラームスのOp.76の4〜8を淡々とした表情で、でも愉しそうに自由に清流の中を泳ぎ回っているかのように演奏された。
81年前の一昨日の広島と今日の長崎に原爆が投下されたこと、東日本大震災のこと、能登半島の地震、そして今回、熊本でも大きな地震が起き、今も苦しんでいる方々がいらっしゃること、コロナ禍だった頃のこと、依然ウクライナやガザでの紛争が続いていること等が一気に心に浮かびました。
いつになく、自身の生き様なども振り返って反省してしまったりも。
こうして言葉で書いたり読んだりすると、それだけ時間を要するけれど、これらは、どれも一瞬のスパークで、楽曲と共に次々と猛スピードで通り過ぎていく。
砂原さんのブラームスは、こうしたことを全て包み込み、ただただ様々なうねりと共に流れて行く。
キラキラした星々に囲まれて宇宙を漂っているような気も。
これって、もしや、地球に人として生まれる前の記憶かも?と妄想。
慰め、勇気付け、祝福を授けてくれたように感じました。
砂原さん、そしてアンサンブル・ローマンの皆様、ありがとうございました!
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昨年は、アフターの打ち上げも参加して、旧交を温めたり、新たなご縁をいただいたり、ととても楽しかったのですが、今回は、まだ機能性ディスペプシアの胃腸炎が心配だったので。ぐっとこらえて帰宅。
この感動をもう少し反芻し味わっていたくて、というのもあった。
大分、よくなってきたとはいえ、まだ怖いので、アルコールは飲んでいない。
以前、5月に、もう大丈夫かな?とやはりミュンヘン仲間だったフルートの中山早苗ちゃんと久々に飲んで、「やぱり宴会はええなあ」とその日は平気だったんだけど、翌日はまたイテテテとなってしまったので、年内はやめておくことにしている。
でも、この素敵な方々と素敵な演奏の後じゃあ、ビールを飲まない、なんてことは出来そうにもない。来年は是非!
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