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2016年01月07日02:12

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左腕・腰かけつつ構える・心身

右と左は違う、ということは散々言ってきたし、書いてもきていたけれど、まだまだだった・・ということを認識。

昨年最後、12月21日、代官山での音楽家講座は、風邪でお酒も飲めず、声もガラガラの絶不調での司会進行だったけれど、日頃テンションの高い私は、もしかしたら、これくらいの方がバランスとれて丁度良いのかもしれません。

この日の甲野先生の「虎拉ぎ」の解説が、妙に心身に染み入った。

一番、「あ!?」と思ったのは、年末にオーボエ奏者をレッスンした時のこと。

「なんで、そんなに楽器を持ち上げるんだろう?大変なのに。」

とまず感じたのと、その構え方を観て、すぐに、それこそ、30年前の友人たちの構え方を漠然と思いだし、違和感が。

その違和感の最たるものは、今から思えば、「左右対称すぎるんでないの?」というものでもありました。
ただ、レッスンの時には、そこまで気付いていた訳ではなく、なんとなく、腕が大変そうだな、という程度でしたが。

これがきっかけになって、肘の向き、特に左腕に関しての考察が進んだ。

つまり、どんな楽器であっても、楽器の種類に関わらず、左腕は「虎拉ぎ」じゃなかろうか?というのが現在の仮説です。

これは、本日チェロの方をレッスンして、さらに感じた。

「虎拉ぎ」というのは手首から先だけのことではなく、それに拮抗する肘のベクトルも大事、ということにようやく納得できるようになった、ということです。ああ・・・

この効果は、より身体の弦が張られ、打てば響く、ではないけれど、それまでの腕が発砲スチロールでできていたのかな?というくらいの響きの差がある。

おもしろいことに、右腕は、ここまでのテンションは実感としてはないのに、左腕同様に繋がり、指も動きやすくなっているということです。

それに足指も勝手にまとまる。

四肢は連動している。

この左肘の拮抗ベクトルは、どのように楽器に向かうかでも方向は変わる。

しかしいずれにしても拮抗が大事である。

チェロ、フルート、ピアノでも大変化。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

あと、チェロの構え方のちょっとした助言で、急に、響きが増した。
何をやっても、どんな音でも、床に振動が伝わってくる響きに。

それは、やはり、二の腕をでしゃばらせないようにしたフルートの構え方の応用であったのですが、チェロの場合は腰かける。

この腰かける段階から、構え始める、ということだ。

「腰かける」しかるのちに「構えて演奏」

ではなく「腰かけつつ構えて演奏」

この違いは、今回のレッスンの中で、驚く程の効果が。

チェロに腰かけるのを助けてもらう、ともいえる。


そして、「そうか!?」

とフルートで腰かける場合も、チェロ同様に行ってみたところ、立って演奏するよりも良いくらいの音となる。あ〜〜〜

そしてそして、ピアノ。

以前の講座では、二の腕をでしゃばらせないところまでは行っていたけれど、まだまだ

「腰かける」しかるのちに〜であった。

これを「腰かけつつ構える」にしたところ、そして、左腕を虎拉ぎにしたところ、別世界が待っていた。

凄いです。クレメンティのソナチネがかつてないくらいに、弾ける。いつもつまずくスケールも・・

ピアノもついつい左右対称に腕を使おうとしていたことに気付き反省。

もしやクープランの教え、十分に右側を開いて、というのは、この左腕虎拉ぎの結果としてもたらされる身体感覚ではなかろうか?とも思う。

・・・・・

専門誌「ザ・フルート」からアンケートの依頼があり、その質問のひとつが

「美しい音を出すためにどんな練習をしていますか?」

この段階で、既に違和感がある。

まあ、あまりこうした場で、そこを突っ込んでも仕方ないので、

「美しい音は、心身の状態の結果としてもたらされるものなので、その心身の状態を磨き、その結果の感性が導いてくれるやり方をする。教養を磨き本物に触れ、自分自身の鉦を持てる様にする。人の意見を鵜呑みにせず、自分の頭と体と心で考える。」

的なことを書いておいた。

最近は少なくなったが、数年前まではとにかく師匠からのお叱りは「まだまだ良い音だそうとしてるよ。」であった。

自分自身がそうであったから、本当によくわかる。

「美しい音を出そう」と思った段階でダメダメなのである。

アンケートに答えつつ、こんなことをツラツラ考えていて浮かんだのは

「受け止める」という言葉。

これは、今の「二の腕をでしゃばらせない」という命門を働かせた構えとなってから、より謙虚に変化したところなのだが、「音を出す」ではなく、「楽器から出る音を受け止める」という感覚。

身体の中に受け入れ落としこむ。

ピッチャーではなくキャッチャーに。

受け取った音が身体の中で響き渡る。


先日会った長岡くんが半分ふざけて言っていた。

「フォースで吹くのじゃ〜〜」

師匠・植村泰一先生もよく仰っている。

「技術なんか磨くな。人間を磨け!」

本当にそういうことだと思う。


でも、心だけでそこに到達するのは、とても難しい。だから身体からも、そうした心もちに少しでも近付けるように、と心がくすみがちな私などは、身体の状態を探っているのである。

身体を整え、心を整え、ニュートラルな心身となる。
そこに、人間本来の自然な生き生きとした「命」のエネルギーが脈打つ。
だから、音楽は素敵なのだし、力を持つ。

世間一般のクラッシック離れは本場、ドイツでも加速しているらしい。

それは、もしかしたら、いつのまにか自然から遠ざかり、本来のあり方を失ってしまった人間、つまり95パーセントの音楽家が息を止めて演奏するようになってしまい、お腹だけをふんばらせるようになってしまい、アコースティックな響きの本当の美しさを失ってしまったせいではないか?と実は思っている。


・・・・

アンケートにはこんな質問もあった。

「これだけはやっているという日課練習はありますか?」

「どんなに辛くても腹筋100回、ロングトーン1時間、スケール1時間、は欠かしません・」・とはもちろん書かないしやらない。

答えは・・




「機嫌よく暮らすこと。バッハを吹くこと。」



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