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2019年02月25日01:32

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川崎 優 先生 献花式・音楽葬 2月24日(日)

新橋第一ホテルでの素晴らしい会でした。

当初雨かと思われていたお天気も快晴。

川崎先生が、どれほど沢山の方々を助け、ご縁を結んでこられたのかが、改めて感じられる、本当に暖かな式典でした。

おそらく300名以上の方が参列されたのではないかと思います。

・・・・

ミュンヘン留学前に、茅ヶ崎のご自宅にご挨拶にうかがった折、励ましてくださると共に、

「奇遇だねえ。家の次男も、丁度同じ時期、海外赴任で本社のあるミュンヘンに行くんだよ。」

とその場でご次男のMさんを紹介してくださり、びっくり。

現在はポルシェの部長さんになられましたが、当時はBMWにお勤めでした。

その後、ミュンヘンでは藝高で川崎先生門下だった早苗ちゃんと、3人でよく飲んでいましたし、
隣人のオーボエの長岡君なども一緒に、MさんのBMWでアウトバーンぶっちぎりのドライブなどにも連れてっていただいたりしたミュンヘン仲間。

美味しいものを食べた時のセリフ

「うまいぜ、チクショ〜♪」という声がお父様にそっくりなので

「なんだか川崎先生と遊んでいるみたいな妙な感じがするね」とみんなで笑っていたものでした。


帰国後は、夫が車を買う時に、Mさんにお願いして便宜を図っていただいたりしたこともあり、Mさんご夫妻が私のコンサートにもいらしてくださるようになりました。

・・・・

そんなご縁もあり、今回の式典に関しては、Oさん、A先生、Sちゃん、と共に色々と準備の段階からお手伝いをさせていただくこととなり、微々たるものですが、川崎先生へのご恩返しができ、嬉しかったです。

実務的な仕切りは、私のリサイタルのマネージメントもやってくれたIくん夫妻。
自分達の本業を抱えつつの諸連絡、本当に大変だったかと思います。

何より素晴らしかったのは、川崎家のご家族。
先生がお亡くなりになってから、この日までのお忙しさは相当なものではなかったかと。

なんといってもお知らせする人数が尋常ではないのですから。

ご家族のご挨拶と共に川崎先生が2011年に藝大の同窓会に寄稿された「平和への思いー困難を乗り越えてー」の文章の掲載された冊子、そして1984年10月7日の茅笛の会のコンサートのCDがお菓子と共に、お土産として配られました。

これらのお心遣いも、本当に素晴らしいもので、何よりの記念となりました。

CDは、植村泰一、故・甲斐道雄、三村園子、金昌国、そして川崎 優(敬称略、ピアノ土屋律子)

という名手揃いの豪華版。

明日、ゆっくり拝聴したいと思います。




会場で流れた川崎先生が演奏された「鳥の歌」、そして植村先生が捧げられた「祈り」、広島からお越しの先生の奏でられた真心こもった演奏、全て一生大切に私の心に響いていく笛の音でした。


改めて、笛吹として、音楽家として、そして何より人として大切なものを沢山お教えいただいた思いです。


祭壇のお花も通常は白一色だったり、菊だったりするのだそうですが、先生の作品「花物語」にちなんで、様々な色のお花にしていただいたんですよ、とMさんの奥様。

一足先に春を迎えたような祭壇、とても先生に似合っていて、美しかったです。

懐かしい笛吹仲間にも沢山お会いすることができ、こちらも嬉しい交流でした。


・・・

そうそう。
何か、川崎先生所縁の想い出の品があったらお持ちください、とのことで、昔「ムジカ・フィオーレ」を掲載してくださった写真誌・「フライデー」があったのですが、記事の内容は、なんというかちょっと酷い茶化され方。

「仕事をしていてもギャラはみな楽器代に消えてゆく〜」みたいな書かれ方(・・本当かも・・!?)であまりに酷いので持参はやめてしまいましたが、久々に見た写真は懐かしかった。

当時私のお腹の中には、息子が・・(写真一番右手前)

でも、多分、今より体重はずっと軽かった。
(何故か写真の向きが変ですみません)

30年、あっという間です。











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