『私は自分でも驚いく変わりようで、今後どうなって行くのか、全く分りません。』
と、これまでのご自身の身体の使い方をブラック企業の部長に例えられていた甲野先生。
先生がブラック企業の部長なら、私などはどうなってしまうのか?
というところですが、訳のわからない手の速さでした。
速い、という即物的な言葉では表現しきれない動き。
本当に、これまでとは大きく変化されていた。
先日の音楽家講座は、初めての方が多かったのですが、
皆様、真摯な方ばかりで、何かしらとても感動的な良い時間となりました。
これも、何か、先生の中で起きた「贖罪」の気付きが影響したのかもしれません。
最後に時間を延長してですが、私も二本のロットと一緒に祓い太刀をしていただきました。
払い太刀の後、楽器の重さ、特に初代の重さが軽くなっていたことに本当に驚きました。
また大きなリサイタルを前に私が抱えている様々な欲がらみのモヤモヤと右首筋のコリも随分と軽くなりました。
ずっと古い楽器の付喪神のせい、と思っておりましたが、おそらく古い楽器、特に銘器ルイ・ロットは、奏者の想念、思念を写し取ってしまい、それが影響していたのでは、と今は感じられます。
全ては自分自身から起きている。
心底、このように感じられると、面白いことに、さらにロットはより澄んだ響きで鳴ってくれるようになりました。
ここで、また新たな我欲が出てしまわぬように、心を引き締めているところです。
また、作曲家の楽譜をより深く読み込み、その楽曲に込められた思念に近づくことが、より演奏時の自分の心身を自由にしてくれることにも気付くことができました。
こうした新たな発見がより深く、まだまだ続きそうなことが嬉しく、久々にワクワクが戻ってきました。
さらに、今度メルマガに掲載されるという「病者の祈り」という詩をお教えいただいた。
これは数年前、ご自身の随感録でも取り上げていらしたものだけれど、当時私には
あまりピンとこなかった。
その同じ文章が今では、深く沁みてくる。
こうしたことも年を重ねたということのありがたさか。
・・よくよく考えてみたら・・
いや、考えてみなくても、こうして色々と甲野先生に悩み相談が出来、身に着いた様々なモロモロを祓っていただけるなんて、なんとありがたいことだろう!?
ログインしてコメントを確認・投稿する