本日は、ピアニスト砂原 悟さんとご一緒に、電通大の阪口豊教授のもとへ。
色々、もろもろと様々な試みをしています。
研究も面白いけれど、何より御二人のお話に混ぜていただくことで、様々な感覚が刺激され、ワクワクするのが一番楽しい。
それだけでも、素晴らしい時間だったのですが、とある話の中で、親指とそれ以外の指の話になりました。
親指がでしゃばってくると他の指の邪魔をしてしまうのは周知の事実。
とはいっても、そういったことも甲野先生とであっていなかったら、何もわからないままに生きていたのだろうと思います。
そんな話の中での出来事でした。
砂原さんが行っているという手の構え。
これがもうメウロコだった・・・
私も多少はピアノは弾くし、阪口さんも趣味とはいえ、かなりの技量でピアノは演奏されているご様子。
なのに、二人ともが「生まれて初めて!」と驚いた。
「そもそも、これが出来ないと、ピアニストには成れない。」
と砂原さんは仰ったけれど、それはおそらくみんながやっている、というのではなくて、砂原さんの基準としての「ピアニスト」ではあると思うけれど。
「ピアニスト・砂原悟」の「手の内」を教えて頂いたのでした。
首の後ろがスっと開いた感じ。
首がより広がって、つまりは喉も広がるような感じも私は受けた。
?????
という久々の沢山の「?」。
ピアノに関する実験・研究だったのでフルートは持参していなかったのですが、終了後すぐに向かったレッスン会場にある備品ノフルートですぐに試してみた。
予想通り、というか予想以上に成果がありました。
その後の生徒さん達にも、みな驚く程の変化。
「手の内を明かす」
という様にまさに秘伝的に語られることの多い「手の内」ですが、まさに「秘伝」と呼びたくなるような変化となりました。
阪口さん、砂原さん、
本当にありがとうございました!!
・・・・・・・・
そういえば、私の下で集中レッスンを受けたい、と仙台からいらした女性との濃厚な時間を思い出しました。
古武術奏法は全く初めてということでしたので、椅子倒しから始めたのですが、久々に法螺貝も吹いてみた。
「手裏剣を打つ時も、もう片方の手は手ぶらでいるよりも、他の手裏剣を持っている方が良いのと同じです。山伏も左手に法螺貝、右手に杖です!」
なんて得々としゃべっていたのだった。
なのに、私の場合、元々、右小指の滞りが強かっただけに、それを取り去ることばかりに専念し、
「右手は楽器に乗せるだけ」というある意味、すっかり右手を寛がせ過ぎてしまっていた、ということが本日わかった次第。
以前の様に楽器を掴んでしまうのも駄目だけど、抜きすぎもだめ。
ちゃんとある程度の仕事をさせることで、末端まで行き渡るのだから。
ということで、その行き渡るための「手の内」をようやく手に。
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