鶴見での年内最後の甲野先生を迎えての講座、そして忘年会でした。
予感というよりも確信だった「今回は凄い」は、本当にその通りとなりました。
甲野先生の動きの何もかもが変化していたのでした。
スっと顔の横にいつのまにか手がある、というのは、今までにも何度も拝見してきていましたが、今回のものは、まったく別格。
カメレオンの舌よりも速いのではないか、と。
もしくは、ルフィ?あのゴム人間の主人公の腕がビヨーンと、それもとんでもない速さで伸びているような感じです。
そして「乱気流」
受けさせていただきましたが、不思議なことに接触面はとてもソフト。
なのにあっけなく、とんでもないエネルギーで運ばれてしまいます。
あの接触面の感覚と、実際に起きている事実との乖離は物凄い。
これだけでも、何がなにやらです。
受講生は6名で、みなご助言は「紐の鎖の四方襷」によるもの。
紐だけの時よりも著しい変化でした。
過去最高の変化率。
でも、その理由は、紐の鎖だけではないと思う。
今の、甲野先生と共に過ごしたからこその、大きな変化ではないかと。
人の感覚は、頭を飛び越えたところで、心身レベルで伝わり共振しあっているのではないか、と今回改めて感じました。
バリから帰国されてからは、夜な夜な突き動かされるものがあり、その必然性ゆえに、舞わずにはいられない、と仰っていた先生の舞う姿を見たくてリクエストしたところ、
「では、白川さん、何か吹いてください。」
と、まさかの先生からのお申し出。
「え?私の笛では舞えなかったりして・・」
と若干心配もありましたが、それはそれで当たり前でもあるので、そのようなお申し出をしてくださったこと、良い機会をいただけたことに感謝し、暗譜しているシリンクスを吹きました。
いつもこの講座での演奏は主催者としてのプレッシャーもあり最も緊張する場で、かつて一度もちゃんと吹けたことがないのですが、今回は、もちろん緊張はあるものの、今までとは全く違う没入集中の仕方が出来たことに演奏しつつ自分でも驚いていました。
自宅の部屋でも相当な差があったのですが、ホールでの響きの差はより歴然。
これが嬉しかった。
でもソリスト?の性で、ついついステージの一番響く場所にスっと立って客席方向に向いて演奏していたので、リクエストしたにも関わらず、先生は視野にはいらないまま。
まあ、視野にはいって、全く動いていないのを見てしまうと、やだな、という思いもあったのかもしれないです
演奏が終わるとしばらく間があった後、とても温かなしみじみとした拍手を受講された皆様からいただくことができました。
そして、先生が、
「いや・・本当に変わられましたね。今までの中でも、一番の変化・・」
とのお言葉。
自分でも、過去とは全く異なる手ごたえがあったものの、そのように仰っていただけ、本当に嬉しかったです。
「あ・・で、それで、結局先生は舞われたのですか?」
「いやあ、もうあまりの変化に驚いて、聴き入ってしまいました。舞うのも忘れていましたよ。」
とのこと。
これはこれで嬉しかったですが、ちょっと残念。
でも、講座の最後、先生が
「白川さん、なんだか、心残りな顔をしてますね。もしよかったら、また吹いてくださいますか?
今度は舞いましょう!」
との嬉しいお言葉。
まだ暗譜が出来ていないので、電車の中で譜読みするために持ち歩いていた川崎優先生の「祈り 第4番」を床に置いて、演奏させていただきました。
拙い演奏でも、甲野先生が、川崎先生の曲で舞われることは、何かしらの良い供養になるとも思いました。
この曲は広島で被爆され亡くなっていった方達への捧げものとして、ご自身も被爆された川崎先生が作曲されたライフワークの一つ。
甲野先生の舞いと川崎先生の楽曲。
捧げものとしての藝術本来の姿。
良い経験をさせていただきました。
甲野先生、スタッフの皆様、参加された皆様
ありがとうございました!
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