断食&ご褒美一人旅から無事戻りました。
帰宅した月曜日は一週間分のメールの返信、翌日火曜日は掃除、洗濯などのこれまたたまった家事一通り、夜は甲野先生を迎えての音楽家講座、と目まぐるしく過ぎ、ようやく水曜日から通常のレッスン&フルート練習の日常となりました。
旅行記、音楽講座での沢山の楽しいことも記しておきたいのですが、それはまたおいおいに。
なんといっても、断食によって感覚もやや鋭敏になった気がします。
そのせいか、怒涛の気付きと変化でした。
今まで、甲野先生を見ているようで、何も見ていなかった、ということに気付いた。
一番の反省は手と足に関して。
手だけでの動きよりは、足も介入、協調した方が何倍もいい。これはかなり昔から心掛けていたし、そうしないと身体がノーと言っていた。
でも、それがいつの間にか、形骸化し、肝心の体幹を取り残したまま、そこを支点にして居付いたまま動かしていたことに気が付いたのでした。
まあ、先生が目下「深夜の裸足ラン」に凝っていらっしゃるのも幸いしたかも・・
あの動きを見せていただいたとたんに降りてきた猛反省だったのでした。
支点があるからこそ、動くことができる・しかしその支点は居付きを呼ぶ。
この落とし穴にきづかないままだった。
「支点のない動き」というと物理的には成り立たないし、あまりにも漠然としてしまう。
でも、「支点がとどまらない動き」ならば可能である。
・・・・重心が定まらないってそういうことじゃないか・・
なんてことを今頃。
もちろん、過去に踏ん張って居た時よりは、私の奏法は重心がウロウロと定まらない動きにはなっていたのは、電通大の阪口先生の研究・実験協力の折のデータで証明済み。
これにあぐらをかいていた。
そうじゃなくて、そのレベルではない、動きの本質レベルでの「とどまらない支点」。
2004年、「見返り美人」の構えに気付いたのは私にとっては革命だったけれど、まだまだ「写真」「絵」のレベルでの気付きだったのだ。
そうではなく、「動画」であるべきだった。
とどまらない指先がもたらすとどまらない身体、とどまらない精神。
これがこれからの課題になってくると感じています。
指先・左手スイッチ・6番目の指(兄弟子・中島さんありがとうございます!)・重心移動・
これらがキーワードです。
今月号の「秘伝」、お勧めです!
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