11月もあっという間に過ぎてしまいました。
暗く寒くなるこの時期は苦手なのですが、先月の息子の巣立ちが思いの外堪えていて、今年はさらに鬱々としてしまっていました。
そんな中、偶然店頭でみつけたシマトネリコに一目惚れ。
小ぶりで艶やかな葉っぱが可愛らしい。
かつて、エアプランツですら枯らしてしまった前科もあるので、鉢物は買わないようにしていたのですが、迷った挙句(3分くらい)フロアを一巡して戻って、結局買ってしまいました。
「植え替えやお手入れなど、わからないことがあったら、お電話ください。出張で植え替えなどのサービスも行っていますよ。」
の店員さんの一言も後押しでした。結構大きかったけれど、シマトネリコの鉢と一緒に電車に乗って帰宅。
最近、「内腕持ち」で、以前よりも力持ちになってしまったせいか、大物を買って連れ帰ってしまうことが増えている?
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自分の演奏や音が一番嫌いになるのも、この時期。もう恒例の年中行事といってもいいかも。
結構辛い時間が続いていました。
でも、ようやく、「そりゃ嫌いになったのも当たり前だ!」というくらいの気付きがもたらされました。
「基本は子供服」
つまりは、どんどんと取り換えて行かねばならないものなのに、まだまだ後生大事に、窮屈な子供服を着こんだまんまだった、ということにようやく気付いた。
フルートを初めて40年以上経ってようやく・・・
先日のレッスンで植村先生にフリーデマン・バッハの2重奏、第6番をご一緒に吹いていただけたことが一番のきっかけだった。
至福の時間。
しかしながら、なんでこんなに違うのか・・?
その答えのヒントの一つをもしかしたら見つけられたかも・・
といったあたりです。これまた大いなる勘違いかもしれませんが、かなりの変化がもたらされました。
「オクターブは難しい」(モイーズ)
の意味がようやく少しは実感されたのか・・?
とにかく、ようやく、また吹いていく意欲も復活してまいりました。
アンブシュア周辺のテンションをもっと身体全体で引き受けるべきだった。
どれも、拙い今のレベルでの仮説というか、気付き、試みですが、極論すると、低音も中音域も高音域も同じ口元で吹けるよね、ということ。
さらなる仮説としては、先に腹を使ってしまうと背中は使えないけれど、背中が使えれば、結果として腹も付随して使われる、ということ。
東洋医学の陰陽では、陽は背中側。
四足歩行だった時にお日様に向いていたのは背中。
知識としてはずっと前から知っていたけれど、使われ方としてはまだまだ背中が陰だった。
こうしたことに思い至れたのも、やはり、甲野先生の「内腕」の気付きをお教え頂いたことが基になっている。
だからこそ、以前よりも背中が使えるように。
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このシマトネリコと同居し始めたのは23日。
24日にこれらの気付きがありました。
それから徐々に元気になってきています。
パソコンの横に置いたのですが、葉陰での作業はパソコンストレスもかなり緩和してくれています。
大事に育てよう!との思いを込めて、息子と同じ名前を付けて呼びかけています。
枯らさないようにしなくっちゃ。
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