フルート協会が設立されて、今年で50年。
本日は、その50周年を記念した、功労者によるプレコンサートが開催されました。
フルート界を牽引していらした重鎮揃い踏み。
夫々に個性的な、味わい深い演奏でしたが、やはり私の中での本日の白眉は、師匠・植村泰一先生、81才が演奏された、これまた恩師である川崎優先生作曲の『ある日の随想』。
使用楽器は、ピッチの問題もあるので、初代ロットではなく、おそらく6代目のロット。
曲の奥深さ、音楽の力を身体の芯から感じさせていただけた、圧巻の演奏でした。
会場には91才になる川崎 優先生のお姿も。
川崎先生日本を代表する作曲家でありフルーティスト。植村先生の最初の先生でもあります。
私が辛うじてプロと呼んでいただけるようになったのも、川崎先生が、ご自身で組織されたフルートアンサンブル「ムジカ・フィオーレ」に26年前に抜擢してくださったからこそ。
当時は、妊娠している最中で、「この先、どうなるかわかりませんし、ご迷惑をおかけするかもしれませんから」と最初はお断りしたのにもかかわらず、
「大丈夫、大丈夫!子供を産んで育てるというのは、自然なことなんだから。フルートだって吹けますよ!」と迎えてくださった。
世の中のマタハラとは大違いです。
まだ元気だった母に助けてもらったり、ベビーシッターさんをお願いしたりして、生んだ直後も、演奏活動を続けることができたのは、大変ではありましたが、「やはりなんやかんや言っても、フルート、音楽は私には必要なものだった」と再確認できた、貴重な経験でした。
さらには、その後、最初のCD「セレナーデ 〜flow〜」をプロデュースしてくださり、アルソとのご縁を繋いでくださり、リサイタルの時には曲も書いてくださった。
川崎先生と出あえたからこそ、フルートと音楽の喜びを家庭に入ってからも持ち続けることができたのではなかったか、と改めて、思います。
脚がすっかり悪くなられて車椅子でしたが、お元気そうで嬉しかったです。
『ある日の随想』 は本当に素晴らしい作品でした。
先生の作品の良さは、年齢を重ねる程に理解できるようになるものかもしれません。
次男のMさんご夫妻が、先生の送迎のため、一緒にお越しでしたので、ご挨拶。
留学前に川崎先生にご挨拶にうかがったら、
「しろちゃん、偶然なんだけど、うちの次男のMもミュンヘンに赴任することになったんだよ。よろしくね。」
と引き合わせてくださったのがMさん。
以前はBMWにお勤めで、夫が車をBMWに買い替える時にお世話になったのですが、今は引き抜かれてポルシェの部長になられたそうで
「今度はポルシェ、どう?」 と先生そっくりの洒脱な、お声で仰る。
・・・いや、それはムリだから・・
30年以上前に、川崎 優先生に連れていっていただいたヨーロッパ演奏旅行でご一緒した方々とも久しぶりにお会いでき、本当に懐かしかったです。
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