本日、また、気が付くとピアノの弾き方が変化していました。
レモンジーナで割ったハートランドビールを飲んだせいで、白昼夢でも見ていたのか?とも思えます。
それくらい、妙な弾き方となってしまいました。
最初は、フルートでの姿勢の影響かしら?と思ったけれど、私には、こちらが断然弾きやすい。
クープランが、身体の右側を開いて、右足を、「しっかり、十分に」外にむけろ、と書いていて、これは日本語訳では「いくばくか」になっている。
翻訳者の中に、こうした身体感覚が無い場合は、おそらく、フランス語の形容詞も、やや弱いニュアンスになってしまったのかもしれません。
「いくばくか」と「しっかりと」じゃ大違いでしょ、と思うけれど、致し方のないことでもある。
私はクープランの話をチェンバリストの�彪前ー�子さんからきいて、このことを知りました。
彼女は、ヨーロッパ各国で暮らし、その土地の言葉を一通り学び、今、フランス語、そしてドイツ語、英語の訳分を照らし合わせつつ、クープランの『クラヴサン奏法』を日本語に訳している真っ最中です。多分数年後には出版されると思います。待ち遠しい・・
こんなご時世なので、もちろん、確約はないものの、おそらく、出版されると思う。こうした本を出さずしていったい、何を出す、というのよ、と思います。
私にとって、この語訳は、嬉しい情報でした。
何故なら、現在フルート演奏時の身体は、杖の下段抜きを行った後の、蔵王権現像的状態の「左圧縮、右解放」で、それは、クープランが記しているこの状態にそっくりだからです。実際、ピアノを弾く時も、このようにしている。決して、左右対称で、ピアノと並行に座るのではなく、斜めになって、右半身は開いているのです。
これは、フルートでは以前から、この状態。
そして、本日、あれ?急に弾きやすくなったな?と思ったら、なんと左腕の付け根が、胴体にくっついたままだった。
「え?そんなバカな?なんで、こんな状態の方が弾きやすいの?」と元に戻すと、急にまた、元の若干こころもとない演奏になる。
フルートでこの状態になってからほぼ3カ月くらいでしょうか・・?
まさか、ピアノまで・・
もちろん、これは今のところ、バッハやクープラン、つまり18世紀半ばまでの曲においての、という話です。
考えてみれば、右半身を開いて、鍵盤に向かって斜めに腰かけているのですから、左腕は胴体にくつきやすくなるのはあたりまえ。
でも、もしそうなら、クープランがそのあたりも記すはずだと思う。けれど、こんな記述はない。
フォルケルにも、エマニエル・バッハにも、テュルクにもない。
なので、これは、、他の仮説同様、白川仮説、としてマユにツバして聞き流していただきたい。
でも、興味があったら、ぜひ試して、結果を教えていただきたい。
フルート演奏時でもそうなのですが、シオマネキという方方だけハサミの大きなカニの気分。
もちろん、大きなハサミは左腕です。
日頃、右手よりも不器用な左手が、これで安心して、活発に動きだし、右手もそれに影響されて、より動き出す。
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