セイロンの王子が探し物をしている中で、色々と探しているもの以外のものを発見してしまう、という幸運?のこと。
まさに、今回の気付きはセレンディピティでした。
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Klavierbuchlein fur Wilhelm Friedemann Bach
『ヴィルヘルム フリーデマン バッハの音楽帳』のことを知ったのは、何時のことか・・
バッハが愛し、その才能を最も認めていた長男、フリーデマンの為に、書いた、お稽古帳です。
無伴奏チェロ組曲第五番のマグダレーナの筆写譜は、バッハが指定した調弦に基づく記譜法なので、今回はまずは全音のモーリス・ジャンドロンの校定した、ノーマルな調弦のための譜面をベースに、それを手直ししつつ使っています。
参考にしているのは、バッハの自筆譜によるリュート版、そしてマグダレーナの筆写譜。
音も頭に入ったところで、そろそろ、とアンナ・マグダレーナ筆写譜を見つつ演奏していて、ハタと気が付いたことがありました。
全音のジャンドロン譜では四分休符になっている5小節目。
インターナショナルのクルツの譜面にはそれは無い。リュート版自筆譜にも無い。
考えてみたら、ジャンドロンの譜でも、他にこのような上の声部だけの休みをわざわざ、記した個所はありません。
でも、チェロのマグダレーナ筆写譜には、しっかりとした筆致で記されているニョロっとした記号が・・・
・・あ、これはもしや・・
と久々にフリーデマン・バッハの為の音楽帳を調べたところ、やっぱり!というプチ発見。
それにしても、バッハ自身とマグダレーナの筆跡は本当に良く似ていて、マグダレーナは、本当にバッハを愛し尊敬していたのだなあ、と改めて感動です。
これは、もうどうしたって、ターンでしょ!?
バッハの研究は日進月歩ですから、こんなことも、もしかしたらとっくに、チェロの世界では当たり前かもしれないけれど、こうやって自分で発見するのはとても嬉しいです。
そして、ついでに思い出したのは、この音楽帳に記された指使い。
当時は、親指、小指を使わず、3本の指中心で弾いていて、そこに、親指、小指を導入したのがバッハ、ということらしいですが、この音楽帳にバッハが記した指使いには、昔、本当に驚いたものでした。
四分の四拍子の八分音符で、ミファソラシドレシ、というメロディー。
私の感覚で、これを弾くのなら、12341231、もしくは12312342、とか。
ところが、バッハは、34343431。
左手も同様で、ドレミファソラシド、というスケール。
私なら、ハノンで散々練習した通りの54321321です。
でもバッハは32121212!!
昔は「こんなのヘンだよな、」と思っただけで、まあ、私はピアノじゃないしフルートだしね、関係ないない、とばかりに、そのまま流してしまっていたのでした。
それが、今の身体では、この理由が以前よりは、とてもわかる。
つまりは「指先」
実際、通常の現代主流になっている「卵を包み込むような」手というのは、親指と小指を寝かせて側面を使うのが大前提。
私も、その大前提がず〜〜〜〜っと刷り込まれたまんまだったので、と愕然とする。
つまり、最初からそうやって置かれた手指から親指、小指を排除しただけでは、もちろん、若干はつまりがとれる、という変化はあるけれど、身体の繋がりはまだまだ途切れていた。
でも、最初から長い三本の指だけが基本で、たまには親指も小指も使ってもいいんでないかい?という指は、身体全体が繋がる。
つまり「指先」です。
あ〜〜と頭をかきむしりつつ、今度はテュルクのクラヴィーア教本を引っ張り出す。
モーツァルトと同時代のピアノ奏法の為の名著。
この本も、当時の装飾法やテンポと曲の性格など、当時の演奏スタイルの参考に、と手元に置いて辞書的に使っているものですが、やはり、まあ、関係ないしね、と運指に関しては、読み飛ばしていた。
と、改めて、初めてこの項目に目を通すと、ここにはお馴染みのハノンの指使いと同様のものと、このバッハ提案の343434、と繰り返すスケールが並べて書かれていて、テュルクのお勧めは、現在の私達にも馴染みのあるハノン方式のやつ。
ああ、この時代で既に、バッハの身体性は失われてしまったのかも・・
さらに読むと、このバッハ方式に関しての記述が・・
以下引用
「この運指法は稀にしか許されないが、私はあえて、これを拒まない。
当時ドイツで活躍していた、疑いもなく最も偉大で、最も完全なオルガニストのひとりであった(かつてハレで活躍していた)故フリーデマン・バッハはこの地で広くいわれているところでは、この2本の指を使ってある種の走句をまろやかに、しかも驚くべき速さで演奏したということである。
フリーデマン・バッハのような人の場合であれば、このようなことは十分考えられることである。
彼の手と指は非常に変わった形をしていたとのことだからである。」
またテュルクは、序章で姿勢に関しても語っていて、
以下引用
「手を肘と同じ高さなり、肘より高く保たなければならないのは、非常に疲れるし、また演奏のときに必要な力も阻害される」
と書いている。
つまり、肘は手よりも高くしろ、と。
私の古武術奏法クラスでも、ピアノの椅子をとても高くして、演奏していた時期もあったっけ・・
でも、指の形は、卵を包んだ、親指小指を寝かせてしまった形状でした。
そうじゃない。そうじゃなくて、バッハや、フリーデマンの指は・・・
とさらに文献を探して見つけたのが、この絵。
『オルガンを弾くバッハ』
いつの時代に、誰によって書かれたものかは、記されていなかったのですが、この指の形だからこそ、あの343434や121212が可能なんだなあ、と惚れ惚れ。
そして、たどたどしくこの手の格好で、インヴェンションの第一番の冒頭、ドレミファレミドをを自己流で3434242と弾いてみたところ、これこそ、バロック、という響きに。
通常は1234231。比べてみればわかるけれど、重い・・
左手は2121324でやってみた。
やはり、こちらの方が身体との繋がりもよく、軽やかな響きに。
従来の5432435も、親指登場がないので、右手程じゃないけれど、やはり比べると重い。
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午後2時、集中レッスンの生徒さんがいらっしゃるまで、夢中でピアノで遊んでいました。
そして、フルート。
「ね、指は置いたものより、ぶら下げた方が動くよね。&指先だし・・」
とモデルチェンジ。初めて楽器を構えたような心地でしたが、右小指、親指にあった滞りはさらに減ったのでした。
フルートの右手。「ピアノの鍵盤に置く様にして、親指だけ下に」ですが、そもそも、このピアノの鍵盤に置く、置き方が、踏ん張りを介入させてたのね、と。
とはいえ、これが出来るのも、現在の「左圧縮・右解放」ついでに、浮きも、という身体だからこそ。
今だからこそ、もたらされた、セレンディピティではないかな、と思います。
私はあまり詳しくないのですが、このバッハの提案した運指で演奏している鍵盤奏者、ご存じでしたら、お教えください。とても聴いてみたいです。
スカルラッティも、きっとこうやって演奏されていたんだろうな、と思います。バッハがこよなく愛したスカルラッティ・・
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