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2015年01月16日01:06

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ライプニッツとバッハ


「・・・先生のレッスンは、ライプニッツです!」

と、ほぼ私と同世代の社会人の男性の生徒さん。


大学では哲学を専攻されていた、ということで、昨年のクリスマスイブのレッスンの折に、ライプニッツの記した「単子論」を頂きました。

名前だけは知っていたけれど、読んだことはない。
哲学者であり、数学者であり、外交官でもあった知の巨人。

この「単子論」は解説がとても多く、昔の文体で、とても読みにくいのですが、それでも、私のニワトリ頭でも理解できる、素晴らしい個所がいくつも。

つまりは、所謂一般的な西洋的二元論ではなく、「調停」「折衷」のまさに「中庸」「遍く在る」の哲学である、ということです。

身体と心に関して多く語っている、というのも驚きでした。

もちろん私とライプニッツとは、何億光年くらいの距離がありますが、私のレッスンのベースになっているのは、甲野先生の術理であり、植村先生の教えです。

それらが、ライプニッツに通じている、ということです。


神が創った精密で調和のある万物を、人間が作った機械と同じに考えてはいけない・・

これは、そのまま甲野先生の

「人間の身体はブラックボックスですからね。」

に通じます。

他にも、本来出来るのに、それをできなくさせて、阻害している癖や考え方、動きといったいわば「病」を削ぎ落していく、という考え方も。


つまり、本来は人も自然も音楽も「調和」のもとにある、最良の状態である、ということです。



ゆっくり、読み進んでいるところですが、わからないなりにも、この様々な哲学を飲み込んで、調整、してしまったかのようなライプニッツに私がすぐに感じたのは

「・・・ライプニッツは、バッハだ!?」


ということです。

というか、バッハを真摯に研究されている方には、最早、何を今更、といったところで、知らないにも程がある、というレベルで申し訳ないのですが・・

バッハを研究するにあたって、真っ先に考えるのは、やはり宗教のことです。そして伝記や当時の芸術作品、文化・・

ああ、でも哲学!?

どうせ私にはわかりっこない、という食わず嫌いも邪魔して、バッハと哲学の関連は、思い付きもしませんでした。

でも、ドイツ人は哲学の民族。その上ライプニッツは、バッハと同じ町、ライプツィヒ出身。さらに、ほんの20歳年長、というほぼ同世代。

バッハがライプニッツを知らないはずはないじゃないか、と本当に、遅すぎる・・

と、ネット検索してみたら、ちゃんとありました。「ライプニッツとバッハ」という項目が。

哲学者・中村雄二郎氏が小学館のバッハ全集にて3年9カ月連載していた、という文章が、有難いことに『精神のフーガ』という本になっていました。すぐに取り寄せる。

久々にトリファリ以外の買い物・・

これが、また素晴らしく、面白い。この項目以外も、様々な哲学者と音楽家、古文学に関してのびやかな筆致で語られています。

なるほど、丸山先生の本にもあったゲマトリアも、このライプニッツに通じているのか・・

哲学に関しては、ベースとなる素養があまりにも無さすぎるのですが、そんな私でも、なんとか理解が進む親切な語り口です。

分厚くて重いので、家に居る時しか読めないのですが、毎晩の就寝前の楽しみです。


この2冊を水先案内人とし、改めてバッハ、音楽を勉強し直したいと思います。

無伴奏チェロ組曲は、既に、「音を出す」だけのレベルであれば、全楽章吹けるようになりました。

前半だけ繰り返し、最後のジーグは後半も繰り返す。これで、ほぼ25分。それを4回くらい繰り返していると、あっという間に練習時間が過ぎていきます。アーティキュレーションは暫定的で、その都度色々。

やる気が今一で、気持ちが停滞気味なのは相変わらずなのですが、それに反比例するように、気付きと進展はあり、そのお蔭で、あっという間に吹けるように。

フィジカル的には凄い進展、とは思うけれど、でも自分の出す音も音楽も、嫌で仕方ないのは相変わらず。

今の私の演奏は、バッハでも音楽でもない。

肝心なのは、ここからで、これがバッハに取り組む真髄、というか要。

幸いなことに、この無伴奏チェロ組曲はマグダレーナの筆写譜、さらにバッハの自筆譜で、リュートによる同じ組曲、第3番もあります。

このリュート譜を読むと、フーガのバスやリズムなど明確になるのが有難い。

とはいっても、違うメロディー、違うアイディアで書かれている個所もあるので、そのまま鵜呑みも危険。

あとは、流行遅れかもしれませんが、まずは、エフラティの研究を参考に、そして、最終的にはモダンフルートで演奏、ということを考慮し、よりバッハが表したかったことに沿うアーティキュレーションを考える。

最終的には演奏者のセンスですが、それを培うのはこうした地道な勉強しかありません。

自筆譜の残っているシャコンヌの時よりも、よりやっかいな、でも、それだけやりがいもあり、面白い、楽しい「勉強」です。

・・と随分、どうせ悩むのなら、もっと勉強してから悩もう、とようやく気持ちも浮上してきました。

ライプニッツ、ありがとう!



「世界の美しさは世界の恐るべき多様な姿の中にあります。しかしこの多様な姿は一つの不変の形を隠しているのです。」(ライプニッツ・マサム夫人への手紙より)



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