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2026年10月02日09:06

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第152回音楽家講座in鶴見〜甲野善紀先生を迎えて〜 9月28日(月)

しとしとと雨が降り続いた一日でしたが、関西から帰京なさった先生が思いのほかお元気そうで安堵しました。

なんでも、20日程前に、着用していた雨合羽のせいで足元が見えなくなりファミレスの駐車場の車止めに思いっきり足を取られ、まるで足払いを受けた時の様に激しく転んでしまったそうです。

その一瞬「ウワッ!かっこ悪い・・」と思ったものの、幸い大きな怪我もなくそのまま稽古会に。

しかし稽古中に段々と脇腹が痛くなったが、なんとか我慢できるほどではあった。



「我が身に起こることは全て必然である」



と常日頃、思う様にしているが、ついつい後悔してしまう自分も居る。

しかしながら、翌日から格段に体調が良くなった。

それまで猛暑の中の稽古会、講習会、移動で、おそらく慢性的な熱中症になっていて、それでとても体調が悪かったのだけれど、それが一気に抜けた。

というお話を講座開始前にうかがいました。


そういえば、以前、とてもお忙しい時にスズメバチに左手指を刺されて「強制休養状態」にならざるを得なかったのも、思えば「必然」だったのかもしれません。

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(お話)

自身の技では大きな気付きが続いているが、それに関連して感じた事がある。

楽器演奏というのは技量の差はあってもある程度やった人であれば、両手、場合によっては両足、息、と同時進行で別々の事をやっている。

改めて考えると、これは普通は中々難しいことである。

しかし、楽器を演奏する人は、皆、これをやっている。

曲を演奏するというあることに集中するということが凄いことで、だからこそ体各部が同時に別々のことをやれるようになっているのではないか?

その状態を他で使うと凄いことが起きるのではないか?

集中状態にいる時の人間の在り方、心の在り方には独特の働きがある。

ある独特の集中。

大正9年に亡くなった高僧・山崎弁寧は数学者・岡潔から「現代の釈尊」と言われ驚きの目でみられたが、空海の伝説の様に両手に筆を持ち、異なった歌を書き記すことが出来たという。

空海は両手、口、足で同時に書いたと言われている
同時に身体を使うということがある独特の集中をもたらすということが、前よりわかってきた。


抜刀術の納刀を50年以上前、熱心に稽古したのを覚えているが、これにこれほど凄い意味があることがわかってきた。

しかしながら、これ(凄い意味があること)を稽古人に伝えると、中々出来ない。

それまで「かっこいいからやってみたい」といった感じでやっているとむしろ出来るのに「凄い意味がある」となると覚えるのが大変になる。

意味があることをやろうとすると却って出来ない。

純粋な意欲と好奇心がある方が出来るようになる。

口で言えば言う程だめ。

(この同時に身体を使うことが出来る集中を)自分の健康状態や、様々な(人生の)問題解決に使う。自分の専門(楽器演奏等)のこと以外に使う。


ただ、こうしたことが際立ってしまうと人生の税金を払うことになってしまうので、程々に。

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(抜刀、納刀をやりながらの解説)

こうして同時に動きながら、左が右を呼ぶ。

手は握らず、ただ囲っているだけ。

いじめというのは相手が反応するから成り立つ。相手にならなければ、いじめる側はしらけて、いじめにならない。

柔道で、足をかけて崩そうとした時、普通は対策を講じる。しかしそうではなく全くそれとは関係ないことに集中していると逆に相手はびっくりする。

ある集中感を持ってやると、「一体何が起きているのだろうか?」と相手は情報を取ろうとする。

人間は事前情報を取ろうとする。いつも予測しているので、その予測が外れるとダメージが大きい。

予測が外れると「何これ?」と、身体が勝手になる。

やろうとすることをキャンセルする。

楽器演奏においてのその時の自分の中の心の状態は、他のどんな技をやるような世界でも、共通している。

効率よく四肢が動いて全体がある目的のために動いている状態を作ることが出来る。

そしてこれは、様々な問題にも応用できる。

音楽家講座を23年間やっていながら、今頃気付いた。

そこで生じている心の状態を生活面でも広げていくと随分と違うだろう。


納刀、影観法で見えてきた内面の世界がある。

自分で発明するのが一番力になる。

身体を通して何かをやる。

これはAIがこれだけ出てきた世の中だが、人が人であることを証明する上でも、大事なことである。

改めでそういう目で、自分がされていることを、自分の中での感覚が前とは違う世界が広がってくることを、より納得がいくようにして

「人が人であるとはこういうことか」

と改めて認識して欲しい。


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(個別指導)

1,ピアノ 今度大きな本番があり、それに向けての御注意等をいただきたい。

(先生)失敗も生きているからこそであり、失敗してもそう思える自分に感動出来るか?他者からの評価ではなく、自分でどう思えるか。

何が起きてもそのことを喜べるような自分か?

思う存分やること。



アフター:ふくよかな音になり演奏も安定





2,ヴァイオリン 指導者から身体の中心から動くようにと言われるがよくわからない。

(先生)そのまま弓を持つのではなく腕を後ろから回してから持つ。等、数種類の提案を。「音を出す前、腕を上げる時に余計な力を使わないようにする。これが出来てくると構えた様子も絵になる。」少し腰を落とすように。演奏に入るまで負担をかけないようにする。



アフター:4通りの構え方をやる度に、音の響き、輪郭、芯がどんどんとクリアになり大きく変化。





3.篠笛  高い音を出す時力が入ってしまう。

(先生)丸紐で四方襷。様々なかけ方で、変化を体験してもらう。

「人間は恐ろしい程、感覚が鋭いということが、これでわかる。紐によって身体が連携し上手くいって器用に動くようになる。」



アフター:響き、深みともに増す。



4,一般  スピリチュアル的能力は修行をすれば持てるようになるのか?

指紐のかけ方を具体的に知りたい。

(先生)具体的には答えず、様々なそちら方面の方々のお話に花が咲く。

  ディープなお話の数々で面白かったが省略。


5,フルート(白川)  シーラカンスの気付き(これもディープか?)を皆さまにシェアして人生の税金を払っておきたいのと、先生にビフォーアフターを聴いていただきたい。バッハのシャコンヌ冒頭のインターバルをビフォーアフターで演奏。



(先生)いや、本当に全く違う音になりますね!

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(所感)

とにかく先生が丁寧に解説しながら行ってくださった抜刀と納刀が本当に美しかった。

もちろんそこに居るのは人だけれど、人と刀が溶け合っているような心地がし、この世のものではないものを見ているようだった。


まさに、これこそが、芸術の本質ではなかろうか、と思ったりもした。


先生に大きな進展があった時は、受講生の進展も大きい。

皆さま、本当にピュアな音に変化されたと思う。

また「シーラカンス」は、生徒さんもそうだけれど、数秒説明すれば、誰にでもすぐに出来て、講座終了後、数名の方々に囲まれ喜んでいただけた。

・・もしこの日、プロのフルート奏者が来ていたら、私はシェアしたかしら?と自問自答してしまう器の小さな人間ではあるけれど、それでも、多くの方に喜んで、面白がっていただけたことは嬉しい。

これは昨年大騒ぎしていた軟口蓋の動きのより本質的になったものでもあり、管楽器奏者の口元だけでなく、シーラカンスの胸鰭の肉鰭にあたる腕、指の動きにも大きな影響を与えるので、ヴァイオリン、ピアノにも役に立つのではないかと。

あと、顎関節症にも良いのではないかと思う。とにかく下顎が力感なしに緩むのだから。

実際、元々ヘタではあるからなのだけれど、シーラカンス以降、私の指は今がピークで人生の中で最も速くなめらかに動いている。気付きの考察に関しては、また後日。

先生に「ネアンデルタール人の遺伝子だって数パーセントも受け継いでいるんですから、シーラカンスの遺伝子だってあるかもしれないじゃないですか。ゲノム解析ではどうも哺乳類との繋がりもあるそうですよ。」と言ったら笑われたが、先生に笑ってもらえると嬉しい。


懇親会も食べると良くない野菜とか、切る時に挨拶しないと大変なことになる木の種類とか、ディープなお話を先生からうかがう。

あっという間の90分でした。

ご参加くださった皆様、会場スタッフの皆様、スタッフのNさん、Aさん、そして甲野先生、本当に素晴らしいひと時をありがとうございました!

10月はお休みですが、11月15日(日)14〜18時は府中、分倍河原のジェリージャムスタジオにて特別企画「甲野先生の課外授業」です。

こちらは人数限定完全予約制ですので、お早目にお申し込みください。









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