すっかり時間が経ってしまいましたが、覚書を。
(お話)
NASAなども沈黙しているが、改めて自分の生き方を問われる機会となるような様々な情報がある。
生きているということは? 世界があるということは?と考えさせられる。
人の心の状態に音楽が影響を与えられるか?
8月28日に今までにない気付きがあった。
現在76歳だが、今までの中で一番技が出来る状態。
人間物凄く僅かなことでも感知する能力がある。
ほんの僅かなことに差が出る。ほんの僅かな違いが決定的な違いになる。
(相手に手を払わせながら)
部分だけでなく身体全体を出すやり方にすると相手は防げなくなる。
相手は無意識の内にアレっ!?と思って力を抜いている。
自分の直立を支えている感覚に触れたとたん相手は違和感を持ち崩れる。
人間は僅かな差を求めている。音楽も。
組太刀(くみだち)で武術の威力を学ぶことで動きの質を変えていった。ただそれには才能とセンスが要る。幕末から組太刀で出来る人が少なくなった。
自分も昔稽古した時はわからなかった。それが30年以上経って気付くことができた。
運が良かった。
組太刀は宝の山。昔の流儀が創ったエッセイにはとても意味があった。
身体全体でやるということで、全然違う働きがでる。
「刀は片手」が全ての始まり。
(見た目は)両手で持っているようだが全く違う。
「茶巾しぼり」も全く違う。
組太刀は覚えられる人が少ない。
トム・クルーズ、島田紳助等、識字障害を明かしている著名人もいるが、字が読めない、メモが取れない、という代わりに、記憶力がある。
何かが出来ないということは他に才能があるということも多い。
組太刀は身に付けようとするのも難しく同時に身体が夫々の場所に居なくてはならない。僅かな違いが大きな違いに。
対応能力の逆利用
「我が身に起きたことは全て必然である」
と受け入れられるかどうか。
どんな時代でも状況下でも人として大事なことは、どう引き受けられるか。
それをやるためには忖度などやってたのでは・・(だめ)
武術のルールは全て必然で成り立っている。
(刀で『無構え』をやりながら)
何十か所がザっと揃う。やるたび、より完成度が上がる。
その流儀のやり方と共に存在していた、人間の面白さ、色々なやり方。
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(個別指導)
1.整体(長野より)
ただ座る、ものを取る、キッチンに立つなどの日常の動作でか身体を整えるポイントなどあったら知りたい。
「立っている時に膝をのばさない」
明治維新以降、みな膝を延すように。常に働かせていないから膝が退化した。
(軟骨のすり減りとかではなく)
四方襷で大きく変化。しゃがむ時のコツなども伝授。
2.三味線(大阪より)
椅子に腰かけての演奏時の姿勢など知りたい。
左右の足に足台を。
片足だけ鞄の上に載せただけで大きく変化。
3.語り
人から頼まれて初めて朗読することに。呼吸、声、身体に関してのご助言を。
最近あまり見かけないが、本当は公園にある素朴な板のブランコに乗ってやってみると良い。・・ここでは・・両足を円筒形のものに載せて(ゴロゴロしなくてもよい)やってみるとよい。「上手くやろう」という感じがなくなるはず。
水筒2本で滑舌、響き自由度共に変化。
4.フルート
祓い太刀希望
より澄んだ響きに。
5.ウクレレ
右肩が痛むので祓い太刀希望
より澄んだ響きに。
6.乗馬
身体全体が繋がっている感覚を掴みたい。
足を上げる時に全面を同時に上げる様に稽古する。・・『互の目(ぐのめ)歩き』
つり革の掴み方等。
7.油井真砂
https://www.sougiya.biz/kiji_detail.php?cid=1790 のご親族
質問というのではないが、甲野先生とのご縁を感じていた。ここでお話したい。
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甲野先生の佇まい、動きの全てが大きく進化されたのを目の当たりに感じさせていただいた一日となりました。
初参加の乗馬の方が壇上に上がった最初の一言、
「先生の前に立つと、馬と対峙している時と同じ感じがします」
に思わず深くうなずく。
最後に昔から時折甲野先生からお聞きしていた油井真砂(ゆいまさご)の親族という方が登壇され、先生から改めて油井真砂のお話をうかがう。
「ああ、本当にそういう方が居たのだなあ」と感慨深い。
そもそも音楽には、捧げもの、祈り、治癒といった面もある。
個人的には、
こうしたことにおぼれすがるというのではなく、さりとて排除するわけでもなく、本当にこうしたこともあるのだなあ、という構えで様々なことを味わっていければと思う。
講座、懇親会共に御参加くださった皆様の真摯な想いがより溢れていた温かな一日でした。
皆さまご参加ありがとうございました。
次回は年内最後、同会場同時刻で12月18日(木)開催です。
どうぞよろしくお願いいたします!
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開始前に、9月13日に起きた私にとっての大きな進展「差し出さない息」でのシランクスを控室にてお聴きいただきました。
これも真似してしまい恐縮だけれど「フルートは片手で持つ」から始まっている。
そして「逆S字」。これらによって、それ以前よりも滞りが減ったからこそ、最終的な「法螺貝」「差し出さない息」に。
今、考えてみるとこの新たな構えで一曲ちゃんと、それも人前で演奏するのは初めてのことだった。それも甲野先生の前で・・
もちろんウォーミングアップも一切なく、何故か数日前から吹く気は失せていて、その日初めて楽器を組み立てての演奏。
でも、事前には全くそんなことは浮かばず、とにかくこの大きな変化をお知らせしたい一心だった。
今から思えば「吹いていなかったからこそ(過去の吹き方を落とせて新たなやり方で)吹けた」のかなとも。
昔のやり方で何百時間練習したって、到底今の吹き方には辿り着かなかっただろうことを考えると、本当に背筋が寒くなるし、やる気も失せるというものだ。
かつて苦労した箇所が苦も無く出来、自分の息で話すことが出来るようになっていたし、先生の前だからと緊張して云々ということもなく息も普段の練習通りに続き、音も安定し全方向に響いていたはず。
驚いてくださるかな?と若干期待交じりで言葉を待っているとほどなく
先生は「・・あとは中身ですね。なるほど、技術は凄く進まれました。最近白川さんがずっと仰っていた、やる気がなくなってきて、ということにも、これは関係しているかもしれません。それだけ技術が進んでしまうと、もう隠し通せないですから。嫌でも中身が露呈してしまうから・・」
・・いやいや、それって中身が酷いってこと??もしくは無い?と??
先生は今、私のどんな「中身」を聴いたのか??
20年間お世話になった、3年前逝去された師・植村泰一先生からもずっと言われていた「もっと人間を磨け!」という言葉がリフレイン。
人間生まれ持った「器」というものもあるし、自分が俗物というある程度の自覚もあるけれど、そこまで酷いのか?
と一瞬の間に色々な想いが交錯しつつもめげずに微かな期待を込めて伺ってみた。
「・・先生、あの『技術が磨かれたら、それに付随して人間性も磨かれる』なーんてことはないんでしょうか?」
間髪いれず苦笑いされながら「無いですね!」とバッサリ。
無理に自分を変えようとするのも本末転倒だし、やはりもうフルートの辞め時かなあ?と思いつつ始まった音楽家講座でしたが、すぐに「無構えの構え」の解説をしながらの先生と剣の動きに魅了されました。
もう22年間、先生の数々の進展と動きの美しさがあったからこそ続いている音楽家講座ですが、この日は過去のどんなものとも比べようのない美しさでした。
先生は剣と静かに対話しながら舞っておいでのようで、私もフルートと同じ様な関係性を結んでいきたい、と今更ながらに思えたのでした。
還暦を7年も越えて、今更人間性を、というのもとても難しいし、フルートのために人間性を磨きましょうというのも本末転倒だ。それってその時点で取引だし。
けれど、「美しいもの」は大好き。それなのに、55年も付き合っているのに、フルートとの美しい関係に思い至らなかったのはまあ、自分ばかり、という性格のせいで仕方なかった・・にせよ、「フルートとの関係性における美の追求」という道筋からとりあえずしばらくは取り組んでいくかな、との思いを新たにしました。
とはいえ、「さあ!明日からがんばるぞ!」というのとはまた全然違うのだけれど。
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10月31日からコロナになってしまい療養中だったためアップが大幅に遅れ申し訳ありませんでした。
幸い軽症でしたのでご安心ください。
隔離生活となり、部屋の前でせつなく抗議するピピと触れあえないのは辛かったですが、家事も仕事もない思いがけない秋休みを満喫出来ました。3食5日間ルームサービスの食事で自室から一日の空の変化が味わえるというのは旅行している気分にもなれました。本や漫画も沢山読めた。介護してくれた夫にも感謝です。
コロナは5類になり弱毒化したとはいえ、人によって症状も異なり、まだよくわかっていないことも多い危険な病気と認識しています。感染力は強いので、レッスンは大事を取って沢山お休みさせていただくこととなりご迷惑をおかけし申し訳ありません。
月末には発表会が2つありフルート、ピアノも演奏する予定だったのですがギリギリセーフ。もし一週間後ろにずれていたらアウトでした。
今後は万が一自分がだめになった時に備えて発表会でも替わりに演奏してくださる方の手配、もしくは伴奏音源の確保などしておかねばいけないなあと改めて感じました。
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