法螺貝を専門に吹いている山伏業界を除いたら、おそらくブログに「法螺貝」と書き込んでいるのは私が一番多いのではないかと思うけれど、「法螺貝」。
今回の「差し出さない息」をもたらしてくれるのは結局のところ、法螺貝的な身体で、それは宇賀神の様な、蛇が尻尾から徐々にトグロを撒いて・・というような姿勢。
以前も、この法螺貝座りとか、宇賀神座りとかやっていて、様々な楽器に効果があったのだけれど、いわば、それは肝心の頭部まで達していなくて、首のところで切れていた。
いわば、鳴らすために先端を落とされてしまった法螺貝。
それが今回ようやく、先端までちゃんと繋がっている法螺貝に。
子供の頃から馴染んでいた父のボルネオ土産の法螺貝の先端を落として加工しなくて本当に良かった!
驚いたのは、フルートだけでなく、ピアノ、歌にも大きな効果があったこと。
共通しているのは「差し出さない音(息)」
音楽関係以外では包丁、パソコン、美しい腰かけ方など、もう何でも!
身体の奥の芯から身体全体がキュっとまとまる感じ。
法螺貝も宇賀神も水に関連しているけれど、息も水の様に流れ出す。
真面目に左右対称水平垂直が好き、という縛りからの脱却というのは本当に難しいことなのだと再認識。
出会ったばかりの頃NHKTVの収録に招いてくださった折の、蕎麦打ちの真似をしながらの甲野先生の言葉が思い出される。
「人の動きは道具の制約を受けますから」
「人はものの形状に釣られてしまいますから」
55年もフルートを吹いてきて、その内22年も甲野先生とのご縁をいただいて、心身の取り扱いを研究しつつやってきたのに、ようやくこんなことに気付いた、というのは、もう本当に向いてないし、センスがなかったのだなあ、と自分でも呆れるくらいで、本当に嫌になる。
これからはダ・ヴィンチが描くところの人体図の様な状態ではなく、法螺貝的状態の身体で生きていきたい。
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