7時に起き、コンビニで買っておいたヨーグルトとオレンジジュースで朝食。
路面電車の一日乗車券をフロントで買う。
チェックアウトも済ませて、本などで増えた荷物を預かってもらい、向かったのは中国電力。
ホテルから数分の場所でした。
夫の父は、戦前は大連の放送局、そしてこの中国電力、第一勧業銀行などで働いていました。
中国電力は当時は中国配電といったそう。
原爆ドーム同様に、コンクリートの建物の外側は残りましたが、中は焼けて、163人の犠牲者が出たそうです。
夫の父は、前日、会社に行くために通る橋が爆撃で崩れていけなくなったために、8月6日当日の直接の被害は免れたものの、その翌日、救援。片付け作業のため、ここに来ていたため、被爆しました。
戦後、徐々に肺を患ってずっと入院していたのも、直接の因果関係は証明できないものの、おそらくこの時の影響ではないかと家族は誰もが感じていたそうです。
今回、広島に来たもう一つの目的は、この中国配電の建物を訪ねることでした。
早朝の通勤時間。
ありふれた日常が突然、この地で断ち切られたのか、とここでも過去と現在が交差。
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