・・で、パンは死んだのか?死んでいないのか?
というのが、戯曲「プシュケ」の第三幕第一場においての一番の疑問でした。
あれだけ有名で重要な作品であるにも関わらず、未だにドビュッシーの「シランクス」に関しては謎と疑問がつきまとう。
自筆譜が失われている、というのも大きいけれど、それよりもむしろGムーレイ(ムーレという方がフランス語らしいということをお教えいただいたので、以下ムーレ)の劇「プシュケ」の付随音楽であるにも関わらず、その元々のテキスト全体を日本語で読めない、というのが一番の問題だと思う。
今回のリサイタルのプログラムでは、「シランクス」のこのあたりの隔靴掻痒感と共に、自分なりの気付き「音と言葉のシランクス」(ドビュッシーの音楽とムーレの詩の関連性)を書いて、小論文のようなものにしました。
これをもとに一冊、出版?も出来たかもしれないし、実際勧められもしたけれど、こうした気付きは共有化した方が、これがきっかけになって、よりシランクスの研究が進み、情報も多くもたらされるのではないかと思ったのでした。
何より、日頃音楽に親しんでいないお客様にも、ムーレの詩を読んでいただくことで、より「シランクス」を味わっていただくことができるから。
実際、今回のリサイタルで一番評判が良かったのは「シランクス」だった。
初代ロットの力のお蔭でもあるけれど、やはりあの楽曲への理解を、あの日の会場に集った全員が共有出来ていた、というのが最も大きい理由ではないかと思う。
・・・・・・・・・・
その後、様々な笛吹仲間、先達からご連絡をいただき、「メウロコだった!」「確かに!」「凄い!」「面白い!」という感想だけでなく、貴重な情報も寄せられ、私の「シランクス」の知識は、ここ数日で過去の何十年分よりも増えることとなりました。
本当に、感謝感激です。
身体の使い方に関してもそうですが、放出した方が、より収穫が増えるというのはエネルギー循環の法則なのかもしれません。
その中には、私がアクセスの仕方すら知らなかったドイツ語文献、英語文献もあり、何故これが日本で流布していないのだろう?と不思議になるものも。
教えてくださった先輩も、それを翻訳して読んでいた訳ではなく、「こんなものがあるよ」という感じ。
いや、実際、外国語の文献を読むのは億劫だ。
そんな訳で、ドイツ語文献の一つをここ数日、せっせと翻訳。
とはいっても、ちゃんとした日本語にするのは一苦労なので、全てコピペでグーグル翻訳。わからない部分だけ、単語ごとの翻訳に切り替えて意味を探せばおおよそはなんとかなる。
そのひとつには、この戯曲「プシュケ」全体の粗筋が紹介されていました。
ストーリーは抜粋ということもあり、今一よくわからないけれど、プシュケとエロスの御馴染みの神話がベース。
二人の恋が気にいらないヴィーナス(エロスの母)の神殿での様子から話は始まる。
アプレイウスの「黄金の驢馬」の中の挿話では、このヴィーナスのプシュケいびりが物凄く、昔の日本の嫁いびりドラマみたいであったし、プシュケの姉たちの妹への嫉妬も、シンデレラの原型か?と思える感じで、やや辟易とするものでしたが、この戯曲での詳細は不明。
パンが何故あれほど、モテモテキャラになっているのかも結局不明。
これはもう、ムーレがそういう設定にしたのね、というところだろうか?
私が言うのも僭越だけれど、どちらかというと雰囲気先行のフワフワしたストーリー。
まあ「魔笛」なんかも、そういう意味では意味不明の脚本だったりもするので、そこに整合性を求める方が無粋なのかもしれません。
そして長年の疑問の一つ、パンの死。
この疑問が解けたのはとても嬉しかったです。
日本の楽曲紹介では、あのシランクスの音楽の最後でパンが死んだことになっているものも多いのですが、そんなことはなかったのでした。
・・やっぱりね・・
パンは死なない。あの場面では。
その後も活躍するのでした。
そして、その後、パンは結局、プシュケとエロスの幸せを見届けてから死ぬことにはなる。
でも、その死因については書かれておらず、わかりませんでした。
パンはエロスによって森に葬られ、その唇の側にはシランクス(パンの笛)も置かれた、ということでした。
このシーンもロマンティックですね。
そして新たな疑問は「何故パンは死んだの?」ということです。
こうなると、本当に戯曲「プシュケ」全体の日本語訳が読みたいものです。
・・楽曲の理解のため・・
ももちろんあるけれど、シンプルに、知りたいじゃないですか。
どんなお話なのか!
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今回の「シランクス」の拙文、8000字以上とかなりボリュームがあるのですが、日本フルート協会会報に掲載していただけることとなりました。
関係者各位に御礼申し上げます。
これがきっかけとなって、さらに色々と御教示いただけると嬉しいです。
・・・・
ネット検索などすると、パンが葦になったシランクスを捕まえた時に「偶然風が吹いて音を立てた」となっていて、え!?と思いました。
どれもこれも、足並み揃ってみなそうで、二度びっくりした。
きっとネット情報を鵜呑みにしてしまうから、こうして適当な話が拡散してしまうのかもしれません。
私の知っているギリシャ神話・オリジナルのパンとシランクスのお話は、オヴィディウスの「変身物語」だけなので、もしかしたら、そういうストーリーも他の文献で存在するのかもしれません。
でも、オヴィディウスでは、それはパンのため息。
・・だからこそ、素敵なのに・・
「風が吹いて鳴る葦」はなんとなく、現在のアンダーカットの多い、音量の出ることに一番の重きを置いたフルートにも通じる気がして、ちょっとなあ・・
「パンのため息が葦を鳴らしたのよ」
と最初に教えてくださったのは、ミュンヘンでお世話になったマリアンヌ・ヘンケル先生(アンドラーシュ・アドリアン夫人)でした。
まさに、フルートはコントロールされたため息で鳴る笛ではないかと思う。
・・・
ネットといえば、アキヤマフルート。
今はもう消えているかもしれませんが・・
初代の修復を御願いするため、秋山さんの連絡先をネット検索して居た時、
真っ先に「アキヤマフルート 鳴らない」
と出てきて大笑いしてしまいました。
秋山さんにもお教えしたところ、もちろん、ご存じ。
「ね、酷いよねえ。」と笑いながら仰るので、
「いや〜、むしろ褒め言葉じゃないですか!?」
アキヤマフルートも風で鳴る楽器ではない。
多様性は大事だと思うし、好みも様々あって当たり前だけれど、
少なくともパンの笛「シランクス」は、ため息で鳴る笛であったことは確かだろうと思う。
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