弟が宇宙関係の仕事だから、と甲野先生が野口聡一宇宙飛行士との稽古に同席させてくださったのは、いつのことだったか・・
もうずいぶん前ですが、その後、宇宙に飛び立つ前の壮行会の折、控室で野口宇宙飛行士が「無重力下での睡眠」のお話をされたのをうかがえたことが、そもそものきっかけでした。
無重力では上下左右はない。
それからは、自分の想像の中で、様々な動作を逆転して遊ぶことが増えました。
後ろに歩くつもりで前進する、階段は昇つもりで降りる、などなど・・
フルート演奏時に立っている場所も床ではなく天井や壁だったり。
エッシャーの絵の中に迷い込んでしまったような、不思議な感覚の身体は、センサーモードがより働きだし、「居付かぬ心身」に導いてくれる。
それらがさらに発展し、
「フルートを持つ私」から「フルートに触れられている私」へ。
これらは過剰な力みを取るための方便でもある。
この気付きを甲野先生にメールでご報告した時は、
「流石、真理さん!」
という返信が。
これには、気付きよりも、びっくりで、後にも先にも、先生が私のことを名前で呼ばれたのは、この時だけである。
これに先立って「たいしたもんだ!」をいただいた「蕾の手の内」と共に、いわばこの2つのお墨付きの気付きは私の奏法の大きな基礎になっている。
この「天邪鬼の原理」が、ここに来て、さらに発展。
レッスンの中で降りてきた言葉。
それもこれも、やはり初代ロットと付き合ってきたこの数か月のお蔭だと思うけれど、メルロー・ポンティを専門に研究されている方へのレッスンだったことも大きかったと思う。
私に深淵な哲学がすぐに理解できるはずもないけれど、こうしたレッスンを喜ばれて、特にこの「天邪鬼の原理」はまさにメルロー・ポンティの哲学と重なる、と仰っていた。
・・・ここまでたどり着くのに、随分と時間がかかってしまいましたが・・
「フルートに吹かれる私」
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