世が世なら、家一軒分の財産と取り換えても知りたいと思うような・・
と甲野先生が形容された手の内である「虎拉ぎ」。
この手の内を発見されてから、もう何年経ったのか・・
体全体がピシっと繋がるので、ケリ技など、実感がないのに強くなるし、手刀で相手を崩すのにもあっと驚く程の強さになる魔法みたいな手の内。
この手の格好を「悪魔の悶絶」とおっしゃったのは、内田樹先生だったか、名越康文先生だったか・・
いずれにしても、本当に強力なパワーをもたらしてくれる不思議な手の内です。
でも、私には強力過ぎて、腕の付け根や首筋が妙に痛くなるので、フルートへの応用は却下、という感じの手の内でした。
これよりは、自分でみつけた「蕾の手の内」の方が、余程使い勝手が良かったということもある。
「虎拉ぎ」を行う場合は、とても丁寧に、小指の先端から順に動かして作っていかないと、だめだった。
・・・・
それが、先日の「ピアニストの手の内」を知って、気付いたことがある。
・・これって、もしや「虎拉ぎ?」・・・・
もちろん、楽器演奏という道具の制約があるので、そのままの格好ではない。
肝心なのは、あの「悪魔の悶絶」の指の格好ではなく、そういう形状を作った時にもたらされる身体の内側の変化なのである。
私が行っていた「虎拉ぎ」は、その本来の効果の半分も出ていないものだったんじゃないか?ということにすぐ気が付いた。
次回の講座のこともあり、昨日、甲野先生にお電話した折、うかがってみた。
「あの、先生、今更低レベルのお話で申し訳ないのですが・・」
と恐る恐る切り出す。
「そもそも、先生がおやりになっている『虎拉ぎ』と私が『虎拉ぎ』と認識して行っていたものは違うものだった、ということにようやく気付いた次第です。」
「ああ、それはまあ、私の身体での手の内ですから、他の誰とも違うということはありますが、どのようにですか?」
と聞いてくださり、今回の気付きをお話したところ、
「あ、それはもちろんそうです。親指の持って行き方で、全く違いますから。」
と、今回の気付きの検証をさせていただいた。
今までも、うっすらと、「なんだか違うなあ」と漠然と眺めていた先生の『虎拉ぎ』。
ようやく、私の「虎拉ぎ」の表情も、少しではあるが、似たものとなった。
親指付け根付近の手首の内側が開くのである。
この「虎拉ぎ」であれば、別に首筋が痛むこともなく、丁寧に作らずとも瞬時にその効果が。
ああ、これが本当の「虎拉ぎ」!?
・・・・てなことを今頃言っていて、すみません。
でも、長い回り道をしたからこそ、よりクリアになったこともある。
そんなに慎重に作らなくても大丈夫、とはいえ、最初に掌をどのような向きにして作るかによって、手首内側の変化に大きな差が生まれることを発見。
砂原さんが、説明してくださったピアノを弾くための手をよりよくわかりやすくするための掌の向きがベスト。絶妙だったのである。
同じ動きを他の角度、場所で行っても、ここまでの変化は感じられなかったと思う。
だからこそ、阪口さんも私も大いに驚くことになった訳で。
粗雑な虎拉ぎでも、それなりに効果があるので、ついつい、それを「虎拉ぎ」だと思ってしまうけれど、そうではなくって。
もちろん、まだまだ「これが本当の虎拉ぎ」というものには程遠いとは思うけれど、
「こんなに便利で凄い手の内だったの?虎拉ぎ?!」
と感動を新たにしている次第です。
フルートを持つ前に、「虎拉ぎ」
特に右手は「虎拉ぎ」
手指全体が身体と繋がるので、腕も楽器も軽くなります。
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