先月は、ヴァイオリン、本日は三味線とピアノ。
初代ロットがやってきてからというものの、実は私の「古武術奏法熱」は低下している。
地表を流れていた川が地下水脈になった、という感覚が近いかもしれません。
ああだこうだ考える間もなく、私の練習方法や行動を全て初代ロットが指図してくるような日々となり、ヘンな言い方ですが、ようやく笛吹に戻ったかな?という日々でもある。
ロットの声が聞こえるのも、おそらく古武術奏法で培った心身あればこそ、だと思うので、結局は古武術奏法なのかもしれないけれど、なんというか、ヒモを巻いて音が変化しても、
「ああ、そりゃそうだよね。ヒモ巻いているんだから」
みたいな感じで、あの当初の「何故・何故?」という感動がない。
そんな状態の中、参加してくださる音楽家の皆様に、一何体を伝えることができるのか?お役に立っているのだろうか?
と、ここのところは悩みつつの講座でした。
でも、前回のヴァイオリンの場合もそうでしたが、やはり実際に求めてくださっている方、そして同じ方向を模索している同志が居る、ということが、何かしらの化学反応をひきおこす。
主に、初代ロットを吹いて行く中で、気付かされた、様々なこと。
もちろん「仮説」だけれど、自分なりの「アルテス」や「ソノリテ」の捉え方が、そのまま心身のとある法則にのっとっている気もしている。
現在の私のフルート奏法が、そのままヴァイオリン、三味線、そしてピアノの役に立つ、ということをこの間から立証していただいているような感じ。
かつての自分の気付きは、本当に、表面的なものが多かったし、それがあればこそ今が、ではありますが、より内在化してきた。
内側、奥底が変わる方が、応用は効く。
頬、顎、唇、腹、これらは、みなある法則の下、繋がっている。
「ソノリテ」は、その法則を身体で感じ気付かせてくれるテキストだったのか、というのが、目下の仮説。
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