コンクールの審査やもろもろあって、木、金はおさぼりでしたが、その後、毎朝、今回の気付きに関する原稿を1時間〜2時間、書き続けています。
以前書いて居た時は24時間集中して夜なべして、という感じで、それなりの集中の成果もあっただろうけれど、夜中のラブレター同様、強い思い込みの自家中毒的文章も多々あり、あとで削るのが大変だった。
ということで、朝の1時間、というのは、私には合っているかもしれません。
他のこともできる。つまり原稿書きつつ家事も出来れば、フルートの練習もできる、というとてもバランスの良い暮らしです。
相当、抑え気味でもこの以下のような調子なのではありますが・・・
今回、これくらい面白いっ!っていうことで。
肝心の部分がわからない?
ある程度、まとまった暁のお楽しみということでご容赦を。
オーボエ、ピアノ、バッハの3434、クラヴィコード、ピアノ、フルート、そしてこの歩き方、という気付きの変遷がとても忙しかったここ数日でした。
感動がフレッシュなうちに書き残しておきたかった。
この四足歩行の感覚は、当然のことながら、パイプオルガン、ドラム、打ちつつ移動もするマリンバなど、四肢をフルに使う楽器にも大きく関係してくる話ではないかと思います。
弦楽器ではどのような展開となるのか・・はまだ想像がつかないけれど、幸い月曜日にはヴァイオリニストにレッスン予定。
色々とご一緒に研究できる、と今から楽しみです。
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(前略)
たったこれだけのことなのに、地面からの足離れがよくなり、股関節、腰の負担が減り、荷物(楽器)も軽く成るのだ。
最も大きな違いは心模様である。
上機嫌で歩けるのである。
これまで歩くことで自分の機嫌が損なわれているとは感じたことはなかったが、今回の変化で、「ああ、無理させていたのだなあ。」と自分の身体、特に足腰を労ってやりたいくらいの気持ちになったのだ。
平坦な道はもちろん、階段や坂道でも、この軽やかさは失われない。
「とどまらない身体」はとても動きやすく歩きやすい身体であったのだ。
これを止めると、とたんに地上に落下してしまったかのような、どんよりとした重力の負荷に苛まれる。というか、これがそれまでの自分にとっての普通であったのだが・・
今回のものでは、浮力に助けられているかのように軽やかに歩けるのであった。
それは、通常の「人としての二足歩行」というよりも、むしろ「動物的な四足歩行」と表現した方が適している感覚である。
もちろん、実際に地面に接して歩いているのは脚、つまり後ろ脚なのだが、前脚も完全に歩くことに参加しているのだ。
「上機嫌な四足歩行」なのである。
見慣れた街の景色の中、家から駅までの10分程の舗装道路を歩く時も、サバンナを駆け抜ける豹になった気すらしてくるのだ。・・やや太めではあるが・・
豹は背中の筋肉を使って走る。それまでの二足歩行では脇役、裏方だった背中がようやく本来の動きを思い出して働き始めたようだった。
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