今回の「手の内」に関しては、バッハの手の内に関しては2014年春に気が付いていたことだし、もちろん、それをすぐフルートにも、ということは考えたし、やってみた。
その結果、頭の重さを使って楽器をシーソーみたいに釣り合わせて、という奏法となっていた。
でも、これだけではまだまだ楽器の安定というには、至らない部分が多々あった。
速いパッセージではかなり楽器をひきつけておかねばならなかったし。
当て位置も今と違い、まだまだ真ん中よりだった。
今回、何が一番変わったかというと、左右の概念。
つまりせっかく良いことに気が付いた2014年春、クープランのクラヴィア教本にあったとある一文も参考になり「左圧縮右解放」にも気付いてた。
なのに、何故、今回の手の内に至るまで、3年も要してしまったか?
それはね・・
左右の手指が左右対称で同じだと思っていたから。
フルートを構える時の手の格好は方向も姿も全く異なるのに、同じ原理で揃えようとしていた。
さらには、三点支持の頚城。あんなもん!と言いつつも、まだまだ楽器を持つ時の左右の力のかけかたは五分五分。つまり等分。
そいつが、かなり邪魔していた。
今は左が9で、右が1、いや、もっとかも。
98パーセントと2パーセントくらいかな。
電車でバーをしっかりつかまなくても、指先でチョンと触れていれば結構安心できて転ばない。
右手はそんな感じ。
それもこれも、左手の手の内がより定まって使えるようになったからこそ、なので、このやり方は決して万人向きではないかもしれないけれど。
かつては秘伝、口伝でのみ伝えられたという「手の内」
何故秘伝か?
簡単な説明でも誰でもすぐに」できるからか?と思っていたけれど、そうではない。
それが「手の内」として機能するためには、そのための諸条件がある程度整っていないと効果がないからなのね、と思う。
それぞれの育ちの過程、時期でないとわからないこと、というのはあるものだ。
事実、甲野先生とであったばかりの2003年に、この手の内を他の誰かが教えてくれたとしても、私には何のことやら、だったろう。
今の心身だからこそ、曲げた親指とのばした親指では身体の中の様子が全く異なることがわかるわけで。
ということは、まだまだわからない微細なことは多々あるし、そのあたりは今後に期待ということになる。
でも、せっかくなので、手の内に名前を付けた。
これは以前、内田樹先生がだったか、甲野先生の虎拉ぎをみて仰った言葉を思い出したもの。
あまりにあんまりなので、スタイリッシュな甲野先生は絶対に使われないだろう。
借用、お許しいただきたい。
内田先生は確かブログで「悪魔の悶絶」と仰っていたような・・
それが 現段階の私の左手。
右手は手裏剣。もうそのまんまです。
低音や高音がヘタだったのは、みな、この手の状態の生だったのね、とばかりに、本日は久々に燃えてさらいこんだ一日でした。全てがガラっと変化したのでした。
鷹取にも通じる、横隔膜を下げる手の内でずっと演奏できるのだから、これが悪いはずはない。
ちょっと夢みたいな気分です。
この感動は本当に久々のものです。
最近はちょっとやそっとじゃ感動できなくなっている。
気付きがあるたびに、生まれて初めてフルートと出逢えたような心地がするのが、幸せ。
ゴム撤去を進めてくださった先生のメールには
「感覚も大きく変わられることと思います。」
とあった。半ば、仕方なく、ウツウツの中でゴムを紐に取り換えたのですが、多分、それがあったからこそ、の今回の気付きではないか、とも思います。
ゴム撤去、本当にお勧めです。
昨晩は裸で寝るのをやってみたけれど、暖かくて夜中に起きてしまったくらい。
朝の目覚めも爽やかでした。
これでまた感覚がどんどんと変化していきそうな予感も。こちらも、すぐに出来るのでよかったらお試しを。
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