昨年からやる気の失せていた冬で、遊んでばかりいたので、レッスンにうかがうのも申し訳なかったのだけれど、先生の音を聴き、お話をうかがいたい、と、今年初めてのレッスンに。
先生は顔色もよくお元気そう。
曲はバッハのトッカータとフーガ。
全曲通した後の感想は
「聞く方が疲れちゃうよ」
と冒頭の高いAの出し方、概念の修正などしていただきました。
・・そうだった。この奏法は「やる気のない息」でこそ生きるのに、すっかり先生に良いとこみせようとして、思いっきりやる気満々で吹き始めてしまって、吹きすぎでいたのでした。
殆ど何も自分には聴こえてこない、何もしていないような吹き方となり、ようやくOKをいただく。
「そうそう。そっちの方がずっと聞こえてくるよ。」
・・そうだった。
「自分には聴こえないように吹くんだよ」
という教えを授かっていたのに、まだまだ側の音をよすがにしてしまっていた・・
何より素晴らしかったのは植村先生が吹いてくださった、トッカータの冒頭部分の音。
今更だけれど、格の違いを思い知らされた。
いや、この音が聴けただけでも、うかがった甲斐があった。
今回の気付き程度で良い気になってちゃしょうがなかったな、と反省しつつ紅茶を飲んでいたら、
「不思議なのは、細かい音の方がちゃんとよく響いている、っていうことなんだよね。長い音はそうでもなかったの。油断しちゃうから?」
というような意味のことを仰られた。
「え?そうだったんですか?」とキョトンとして尋ね返す。
細かい音が聞こえていたというのは、ちょっと意外で嬉しかった。
「先生、今回の私の変化は鬱々モードのやる気のなさから生まれたものです。
つまり、それだけ息を落ち着かせることができた上での奏法で。
細かいパッセージは指や舌が忙しい分、集中しているので、余計なことを考えずに吹いていたのかもしれません。でも、長い音や高い音は、多分、先生に良いとこ見せようっていう変な欲が出て吹きすぎてしまった・・」
「なるほどね〜」と笑われた。
「その息が落ち着くことがレパートリー、ということだね。」
と過去のご自身のアンサンブルでのお話をしてくださった。
もう何度も演奏して、メンバー全員が「またあれか」というようなテンションでの演奏が、とても評判が良かった、というお話。
あと、「随分と練習したんだね」
と、言われ、これまたたじろいだ。
こんなことを言ってくださったのは初めてかも。指と舌は一応合格ということなのか?
その上、こんなに練習していない冬はフルート人生が始まって以来初めてだったから。
年々、秋以降に自分の音が嫌になる度合いも高まり、冬の暗さと寒さも追い打ちをかけ、フルートから逃げ出したくなる。今回は、実際逃げていた。
数日前のトリオの合わせ練習の時に、タンポにたまった水を拭きとりながら「ああ、そういえば、ロットはしょっちゅう、こうした面倒をみなきゃいけない楽器だったっけ・・」と久々に行ったこの動作に我ながら驚いた、という次第。
それほど、吹いていなかった。
もちろん、レッスンがあるから、一通りはやってはいたけれど時間数は過去最低だと思う。
でも、我ながら驚いたのだけれど、11日の気付き以降、指も舌も各段にまわるようになり、息も続くようになっていた。
そうそう・マリリンの後には大竹しのぶの愛の讃歌@紅白の気付き、っていうのもあったっけ。
これでさらにタンギングがラクに。
それにしても、あの音を聴かせていただけたことが何より嬉しい。
というか、とんでもないものを聴いてしまった。
少し触らせてくださったのだけれど、やはり先生の初代ロットには何かが棲んでいるとしか思えない。
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