たまプラーザ駅前の桜も咲き始めました。
ピアノのTさん、チェロのHさんの常連お二人の参加。
今回のメインはやはり、先日の「人差し指のツボ」。
ここを押すことで身体全体が変化する感じは人によって伝わらないかもしれないかな?と心配しつつ色々な方に試していただいているのですが、今のところ100パーセント、つまり全員がその変化を味わうことができています。
なので、やはり、この「人差し指のツボ」も、「身体とはそういうもの」という大元の原理のひとつなのだと思います。
このツボは楽器演奏だけでなく、日常にとても役に立ってくれています。
私の言うことには毎回「またまた〜〜」と半信半疑の夫と息子も、これだけは、瞬時に差を感じたらしく、普段の通勤で歩いたり、階段の上り下りが、画期的にラクになった、と感謝されています。
悪目立ちしないところも使い勝手が良いのかも。
常連のお二人も、すぐに、この感覚は伝わる。
フルートと異なって、直接このツボが演奏に関与しないピアノやチェロであっても、演奏の体勢になる折、つまり、身体の構えを変える動作の中でここを使うか使わないかでは大きな差があることも、今回の講座で検証できました。
また、もうひとつは先日の植村先生の気付きが大きなヒントになった、とある法則。
以前、「順番」ということを色々やっていた時期があるのですが、それに似ていると言えば似ている。
全ては「息」から始まる。
息に関してはあの甲野先生が「まだ自分ごときが語れるものではない」と仰って、あえて触れないようにされているとてもデリケイトな領域です。
なので、私も、ずっと触れずにやってきていたのですが、今回の「人差し指のツボ」と「命門」によって、より心身の滞りが減ったことにより、俄然クローズアップされてきて、今は触れねば前に進めないだろう、という状態。
とはいえ、これも、もちろん拙い途中経過の中での間に合わせではありますが、今の私には必要な「息の技法」でもあります。
「蘇州夜曲」の弾き語りを行ってからピアノ曲を弾く方が、ただ「さあピアノを弾きましょう・・」と思って弾き始めるよりも、より響きが増し、鍵盤も軽く感じることに気が付いたのも、「息」を考える大きなヒントとなりました。
腕を運ぶ時、指を動かす時、どのような息になっているか、で大違い。
もちろん「ピアノを弾く」という時も息はしているけれど、それはやはり普通の息。
その普通が深ければ、おそらく問題はないのだろうけれど、やはり難しいパッセージでは息が止まっていたり、浅くなっていることにようやく気付くことに。
これは明日、生徒さんの発表会で「アナ雪」の例のレリゴーをピアノ伴奏をするのですが、それをさらっていて気が付いた。
そんなに難しくないねと思い、私が伴奏することにしたものの、おっとうっかり、後半の最初に16分音符の連続の2小節・・それも、とっても難しい音型で。
そこを弾く時は、いつも息が止まっていた。
2回程、体験しただけですが、ロシア武術のシステマではこの息のワークをしっかり行ったものです。
恐怖を覚えた時、人はついつい息が止まってしまい、動けるものも動けなくなってやられてしまう。
そうならないために、どんな時でも息をしていられるように、というブリージングのワークがシステマではとても重要視されてるのでした。
実際に要人警護やテロ対策で活躍しているロシアの特殊部隊が実践しているシステマ。
私の理解は、そうした命の危険に瀕した時に息は止まるのか・・という程度の浅い認識だった。
つまり、安穏とした日常生活の自分にはあんまり関係ない話として受け止めていたのでした。
でも、それがたった2小節の弾きにくい16分だけでも、私の息は止まっていたとは・・
・・・なんたること・・
という今更の気付き。
その難しい個所で深い息を吐くようにしたところ、あっと驚く効果があったのでした。
まさにこれで 「少しも怖くないわ♪」 となりました。
これも本当に、途中経過の中の方便だとは思いますが、意識的に動きの中で息を使うというのはそれなりに役に立つ。
それは、まだ普通の息がまだまだ浅いということに他ならない、ということなのかもしれませんが。
Hさんが「紐トレ」の小関さんの講座に参加されてきたこともあり、「紐」を使ってのいくつかの検証も。
・・・紐、やはりすごいです・・
紐さえあれば・・的になってしまうそうで怖いくらい。
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