夏休みのせいか、いつもより少ない参加者でしたが、その分、非常に濃い内容となりました。
私にとっては、大きな収穫がいくつか。
忘れないためにも覚書。これは、甲野先生がこうおっしゃった、というのではなく、私が感じた感覚なので、当てにはなりません。すみません。私レベルでの腑に落ちたやり方。
指を動かそうとするときに、そこにばかり意識が集まりがちとなる。それを肘が何者かに引っ張られるような状態を作り出すことで、散らして拮抗させる。その肘の引っ張られ感は、そのまま背中のあちこちに移動する。
またのぞきでの発生を上半身を起こした状態に持ち運ぶ。
夜の女王も、これならラクラク?歌だけの話ではない。「普通」と思っていた喉周辺がいかにくっついていたかを生まれて初めて自覚。フルートも当然変化するだろうな・・・
左の腸骨に左手の甲。
他にも多々ありましたが、とりあえず、今回はこの3つ。
いやはや、人の体は本当に面白い。
今回、バスケのI先生も久々のご参加で、甲野先生の技のバスケの応用も久々に拝見したのですが、あれは、最早、誰にも止められないな、と思う。
桜木花道もびっくりだと思う。
今回、スポーツが御専門のI先生から
「いや〜、音楽家のみなさんの感覚というのは、スポーツであれば、トップアスリートの感覚に近いですよ。みなさん、凄いですね。」
とのご感想をいただく。
確かに、繊細な感覚と日常向き合っているのだから、そうした感覚を持ち合わせているのかもしれないな、とも思う。
でも、これはやはり自身の演奏に何かしらの違和感を抱えてこの講座に参加されているみなさまだから尚更、ではないかと思う。
『裸の王様』という童話がある。
「王様は裸だ!」と叫ぶ子供は、まあ、子供である。
人のことを指摘するのは、結構簡単な事かもしれない。
それも大事なことだけれど、音楽家講座に参加される皆様は、
「もしかしたら、私は裸?」
という感覚を持ち合わせている大人なのだろうなあ、と思う。
音楽家であるなしに関わらず、年齢の多寡にかかわらず、こういう「大人」「人間」と出会いたくて、私は音楽家講座を始めたのかもなあ、と今日、I先生の一言で、改めて思った。
今更ですが、本日、そして過去にご参加くださった皆様、本当にありがとうございます!
甲野先生がやけに気軽に
「白川さん、立ってみますか?」
と声をかけてくださり、先生の真剣を身体すれすれに受けました。
瞬間に浮きがかかり、頭がとてもスッキリとした。爽快である。
先生とお会いするたびについつい、ともすると、「出来たつもり」になる恥ずかしさが身に沁みる。
ログインしてコメントを確認・投稿する