よく巷でも耳にする『重さを乗せる』
これは、一体、何を意味しているのだろう?どういう事なのだろう?
と思うこともしばしばです。
というのも、私自身が、実際、重さを乗せる、ということがどういう事かよくわかっていないからでもあります。
少なくとも言えるのは
ピアノなどで、「体重乗せて!」とつかみかからんばかりの勢いでガンと弾いているのは、その肘や肩の力みで、身体はズタズタに分断されており、まあ、乗っているにしても、腕くらい?
立ち上がって弾いたとしても、背中の重さすら加わっていないんじゃないか、と思います。
・・・・・・
これは、TVであるパフォーマンスの番組を見てつくづく思ったこと。
打つ姿は暴行シーンだったし、実際太鼓の悲鳴にしか聞こえなかったし、奏者本人の身体からも悲鳴が聞こえてくるようで、痛々しくして聞いていられなかった。
バチを握りしめた時点でもう、身体の重さは乗らない。
こうしたものが、巷で流行り、人々に感動を与えている、というのが事実だとしたら、それは一種、「生贄」に対する尊厳の念がそうさせているのではないか?とすら思った。
「…本当に、たいへんなんですね・・」という同情的共感も人は持っているから。
そして、ある意味、とても、わかりやすい。
でも、オケとのリハシーンでは、みな、オケマンが耳をふさいでいた。
そりゃ、耳は一番大事な楽器でもあるから当たり前で。
閉ざされたコンサートホールの空間で、大きな音量だったから、との説明だったけれど、人が思わず耳をふさぐ行為をする、というのは、ただ単に音量の問題ではなく、音質の問題、だろう、
フル編成で鳴っているワーグナーは、もっと音量レベルであれば、でかいと思うけれど、良いオケであれば、決して、それで耳をふさぎたいとは思わないだろうから。
実際、音大生の頃、家で飼っていた犬は、私がフルートを吹き始めると、「やめて、やめて・・」というようにすがってきたものだった・・
まさに「音の家庭内暴力」だったんだなあ・・と今は亡き、その犬に申し訳ない気持ちです。
昔、ヘンな、いや、巷ではそれなりに評価されている居合のパフォーマンスを見た折、甲野先生の門人であり、先生も一目置かれている先輩Fさんは
「・・・家庭内暴力で、中学生がバット振り回しているみたいですね・・・」とバッサリ。
巷で人気を博しているパフォーマンス、というのは、本当にこうした、動きがわかりやすく、アニメにしやすいものが多い。
甲野先生とも交流のある宮崎駿氏は、「甲野先生の動きはアニメにならない」と仰ったそうですが、本当にそうだと思う。
先生の抜刀は、最近さらに凄いことになっていて、多分、もう何も見えないんじゃないか、とも思います。
浜松の楽器博物館にあるビデオでのある南方の村人の太鼓は圧巻。
還暦もとっくに超えたであろう、細見の老人がほとんど目につくような大きな動きでもなく、そよ吹く風情で、一晩中、延々と森の精霊たちに捧げる大きな木のうろを叩き続けています。
人の背丈の何倍もある大きな木から発せられるその音は、清々しく深く深く染み渡り森に響き渡る。
日本の祭り太鼓も本来、そういった、ものだった、と古代技術研究家、民族楽器研究家の関根秀樹先生からうかがったことがあります。
太鼓にしても、ピアノにしても、そして、他の楽器でも、「身体の重さを乗せる」とはどういうことか、考えるだけでも、多くの進展のヒントがあるのではないかと思います。
「重さを乗せようとする実感」のみが独り歩きしているのが、ほとんどではないか、と思う。
そして、「身体の重さを乗せる」と思っている折に、一番、忘れてしまいがちなのが、「頭の重さ」
頭と身体を無意識下で、別々に考えているからか?
それとも、中身の脳味噌をただ単に「おもり」として使うのは近代知識人としてのプライドが邪魔するのか?
昔甲野先生から、「白川さんは頭の良さ(とはいっても勉強とはまた違った狡さ的な・・)が進展を邪魔しているところがある」とご助言していただいてから早、数年。
大分抜けたつもりでも、ああ、まさにその通りだった!
と先日の講座の最中に気付く。
私は歌が大好きなのにヘタで、悲しいのですが、その原因のひとつが頭の重さにある、とフト気付き、先日実験。
以下、仮説と考察です。
歌が上手い人の顔だちの傾向として、全員ではないけれど、顎が大きく、がっちりしている、というのがあるのではないか?
ずっと、形状の違いが大きいと思っていて、もちろん、それもあるとは思いますが、それ以上にその顎の大きさの違いによる、重さの違いではないか、ということに気が付いた。
それは、オペラ歌手のTさんが、私の講座に参加された後でくださった感謝のメールの中にあった「固い舌根が・・」という言葉。
声楽家にとっては、舌根という言葉は、日常だろう。でも、私にとっては、すっかり忘れていた場所だった。
私は顔が小さく、顎も小さい。
なので、もっと大きな顎の人に比べて、頭の重さが相対的に後ろに重くなり、舌根を固くしていたんでは?とハタと思う。
顎が大きければ、それが錘となって、舌根が緩む位置に釣り合っているのでは??
私の好きな歌手はみな大きな顎だ・・
そこで、新たな気付きは即ち物理。
大丈夫・顎に何か錘をつける、なんて真似はしていません。
そうではなくて。
どうぞ、各自考えてみてくださいませ。ヒント満載日記です!
種明かしは次回の講座で。
これで、歌も随分マシになったし、フルートももちろん。
料理もさらに楽しくなりました。
ああ、頭の重さの処理がヘタで随分、損していたな、と思います。
たいして中身は入っていないのに・・
ピグモンは、頭の別な使い方を新たに教えてくれた手の内、ともいえるでしょう。
やはり「身体の重さを乗せる」というのは、私にはまだよくわからないことだらけですが、ようやく、少しだけ、「頭の重さをもっと利用する」というところに。
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