長崎からの常連、三味線のMさん、ピアノのTさん、パイプオルガンのHさん、そして常連のフルートAさんと、Aさんから話を聞いて、参加したという音大生は若干20歳のフルート少女。
いつもの、「ふんばらないで、椅子持ち上げ」から行い、最後はこのピグモン。
そしてピグモンのビフォーアフターは驚く程の変化でした。
フルート少女は、その演奏体験の中で、自分での気付きが色々とあったのでAさんから、私の話を聞き、これだ!と思って参加されたそう。
その場での数々の変化に目をシロクロさせながらも、納得されていた様子でした。
いいなあ、20歳でこちらに踏み出せるとは・・
今回のピグモンは、鍵盤奏者にとっては青天の霹靂的変化だと思います。
それは管楽器でいえば、「お腹の支え・腹式呼吸・息ノセット」という「踏ん張り3兄弟」を使うか使わないか、くらいの違いです。
つまり、通常一般のピアノメソッドが既に、踏ん張りの上に成り立っている、ということです。
なので、成果を挙げていらしたほど、シフトするのは大変だと思う。
ロザリン・テューレックは、その数少ない例かもしれません。
とはいえ、このやり方を知って、稽古するのと、知らないのでは天と地ほどの差があると思う。
ピアノが打弦楽器、と呼ばれるようになったのはいつからなのか・・
チェンバロなどの撥弦楽器に対応するくくりでの命名だろうけれど、この名付け方が一種の呪いになってしまったのは否めないと思います。
弦を打つのは、内臓されたハンマーであり、それを操作する鍵盤は打たれるものではない。
バッハは、おそらく、そこに軽く指先を当てるだけだったのではないかと思います。
甲野先生と出会ってすぐの頃、驚いた事の中の一つに、ただ触れただけなのに、相手が崩れる、というのがありました。
触れたその瞬間に身体全ての力がそこに伝わる。
実際、あのグリッサンドの見事だったこと・・
バッハ一族に伝わる身体性と甲野先生一家に伝わる身体性、というのは、共通している本来の美しさがあるのではないか、と思います。
お茶の時間で、さらに気付きが。
フルート少女に一応、念を押しておく。
「どれも、瞬時に変化するし、動きや息の質が変わって驚いたとは思いますが、これが正しい、全て、とは決して思っちゃだめですよ。そこで、進展は止まってしまいますからね。実際、この手の内だって、ここ数日の間に随分作り方も変化し、精度を増していますから。」
もちろん、といった感じで聴いてくれるのが頼もしい。
「そういえば、これは便利ですね」
と、ついでに、甲野先生からお教えいただいた、横隔膜を下げて緊張を緩和する手の内の作り方をご紹介。
くいつく全員。
と、ここで、「あ〜〜〜〜〜〜!!」とまたもや気付きが降りてきました。
そうか。これがピグモンか!!
詳細は甲野先生の講座で。
音楽家講座参加者の皆様の中には思いだせる方もいらっしゃるでしょうか?
3本の指を集めて、しかるのち、というやつです。
ピグモンの精度やより上がり、より清々しさが。
もう何年も前から、知っていたのに、やっていたのに、「宝の持ち腐れ」、いや、腐ってはいないけれど、惜しかった!
ああ、これこそ、最強の手の内・・
バッハ家と甲野家に伝わる、純粋無垢な身体性ではないか、と思います。
お茶の時間、大事です。
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