久々の、4か月ぶりの師匠・植村泰一先生のレッスンでした。
まだ、本当に左から右、といった演奏しかできないのですが、なんとかバッハのチェロ組曲第5番全曲、それなりに仕上げることができたので、ようやく。
桃の節句なので、桃の花と菜の花を持参。
凄く久しぶり、という感じでは全くなく、つい昨日の続きのような感じ、というのも不思議です。
哲学についてのお話を色々とし、他にも、色々と深いお話をうかがうことができました。
あまりに深く、先生にとっても個人的なお考えであることでもあるので、公開日記に記すのは差し控えますが、改めて、芸術と哲学、そして東洋と西洋との考え方の違いに関して、など、色々と考えさせられ、さらに悩み、というか思索が深まりました。
バッハのレッスンは・・・
予想通り、というか、想定していた以上にコテンパンにやられました。
それなりに構築していったつもりだったのに・・・
もちろん、師匠のアイディア通りに吹いていないから、というのではなく、私のアイディアが伝わるのには、まだまだ不十分なアナリーゼだった、ということです。
いや、アナリーゼはしていても、それをどのように表現していくか、が不十分だった。
奏者は楽譜を見ているから、そのつもりになっているけど、それじゃあお客には伝わらないよ、と。
あの長い曲を全楽章、レッスンしてくださる勢いだったので、
「・・あの先生、もうお時間も随分と経ってしまいましたから、あとは、冒頭だけでも、それぞれ、先生に吹いていただいて、今の先生のバッハをお聞かせいただく、というのでは如何でしょうか?」
と提案。
久々の先生の音と音楽を堪能させていただきました。今日の一番の目的はそれだった。
以前はキャピキャピと進展と響きの変化のご報告をしていたけれど、最早、それは当たり前、というか、きっと先生にとっても当たり前だったのでは、と思います。
そして先生も、最近の変化というかご自身の進化に関して話してくださった。
「・・・・ということがね、やっと最近わかったの!」
気持ち的な停滞は相変わらずですが、こうして、容赦なく、そして惜しげもなく教えてくださる師がお元気でいらっしゃることに感謝し、取り組んでいかねば、と気持ちを新たにしました。
響く音なんて、芸術のほんの前提条件に過ぎないよな、と改めて思えるレッスンに感謝しつつ。
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