発表会に行く途中の乗換駅で見かけた白熊のポスター。
通り過ぎる時、ほんの一瞬だったので、何の宣伝かはわかりませんでしたが、正面を向いて歩いている様子が写っていました。
その時は、それだけで終わったのですが、先日、生徒さんに説明していて、急に脳裏をよぎるこの白熊の姿・・
それまでの気付きは、主に後ろ足、股関節に関してのものでした。
「手足合掌四足歩行による股関節」
反省としては、それまでの四足歩行の後ろ足はまだまだ二足歩行的概念のままのエセもいいとこだった、というものでした。
そして、白熊です。
エセなのは、後ろ足だけじゃなかった。前足はもっと二足歩行的「腕」でした。
腕は凄い。自在に器用に動いて、殆どのことが出来てしまう。それだけに「でしゃばり」。
相変わらず、出しゃばらせていたなあ。というか、二足歩行的常識に囚われすぎていました・・
白熊さん、ありがとう!
黒熊、というか、熊や白黒パンダではわからなかったかもしれません・・
白熊の足の毛は長く美しく、それをフリンジの様にキラキラと揺らしつつスッスと脚を運ぶ。
これらも、また私の勝手な思い込み仮説に過ぎず、決して「これが正しい」というのではありませんが。
四足歩行の折の前足。この手の置き方がポイントです。
「手足合掌」の後の四足歩行が、何故、あんなに歩きやすくなった、かというと、もちろん、後ろ足の状態が大きく変わったせいもありますが、それと同時に前足も、変化していたんだわ・・
これも、この「腕」から前足となった進化?いや、先祖返りか・・のお蔭で、すっかり進化することができました。ややこしくてすみません・・
フルートを構える折の肘の位置、というのはずっと私を悩ませていました。
何もわからず、つらいのに、ただひたすら、水平にしようと、努力した(あまりしなかったけれど・・)日々。
いっそ、肘は降ろしてしまって、首を曲げよう、と首がつらかった日々。
そして、「カヤックの構え」と「逆さ水月」によって、楽器と腕の調和がようやく整いつつあった最近。
でも、まだまだ、それは、近似値で、本来の場所じゃあなかった。
だって、二足歩行の腕としての、器用さで調節してしまっているところがあったから。
そうではなく、肘の位置、というのはおのずから決まる。
「肘の位置は手の向きに付随する」
「手足合掌四足歩行」は、その最適な場所に身体を導いてくれます。
ご利益はものすごい。
やっぱり、手と足と両方で合掌しているから?
この結果、腕は、他の誰かが持ってくれているかのような軽さとなりました。
まだまだあった滞りがさらに抜け、より実感のない吹き方に。
水曜日の夜から、この状態となりました。
ソロコンサートのプログラム、まだ思案中の現代曲10分、バッハのチェロ組曲第5番25分、ソリ15分、シャコンヌ15分と計65分を2回通しても、吹いた気がしない。でも、あっという間に時間だけは経っていて、帰宅しなくてはいけなくて・・・と吹いている実感はないのに、勝手に時間が過ぎていく。
時間を盗まれてしまったかのような戸惑いを覚える程です。
さらに笑ってしまうのは、ピアノでの実践。
腕が軽くなり、クリアな音。粒が立ち、重たい我が家のピアノでもスカルラッティなんかも似合う感じに弾けてしまいます。
その代り、最初は、かなりの違和感です。そもそも弾けない。
生まれて初めてピアノを弾いたかのような・・
本日、ピアノを習いたい、という方がいらして集中レッスン。
私に、というのですから、もちろん「古武術奏法」を期待されてのこと。
身体を整えたり、手の内を使ったり、と色々まずやっていただき、これだけでも大違いで、驚いてくださったのですが、この最新の気付きをご紹介したところ・・
「・・・先生、これ、到底ピアノのレッスンとは思えないですね・・」
「大丈夫です。誰も見ていませんから!」
と笑いながら事前の「手足合掌四足歩行」
そしてしかる後にそのまま壁を這うような動きを。
そしてそのままピアノに移動。
やはり、最初はとても違和感があり、弾きにくそうに。
でも、数回やると、すぐに左手と右手を交互に繰り出すアルペジオがより滑らかになり、何より、音の粒がそろい、一つ一つが輝き出す。まるで私のトリファリみたいに。
本当に、びっくりです。
私もかつてないくらい、急にピアノが上手くなりました。
でも、本当に、アっと驚くタメゴロー(何歳まで通じるか?)的アプローチなので、決して万人向けでもないし、強くお勧めする気にもなれない。
でも、多分、講座の皆様は、きっと、気に入ってくださるのではないか?と今から楽しみです。
ピアノも、打楽器も、弦楽器も、もちろん、管楽器も。そして、おそらく、これはまだ試していませんが、声、歌も大きな変化があるのではないか、と思います。身体は繋がっていますから。
腕がこんなに軽い、というのは、それまで重たかった、つまり釣り合いが悪く、分断されていた、ということ。
その腕の重さを背中や首の付け根で支えていた訳で、それは横隔膜や声帯にもブロックかけていたんじゃないか、と。
明後日、25日の講座では、歌ったり、ピアノを弾いたり、椅子を叩いたり、と遊んでみたいと思います。
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