イモリでも構わない。というか、よく区別できていない・・
壁にヒタっと張り付きスルスルと移動するあの感じ。
「手足合掌四足歩行股関節」になってから、演奏している時の感覚です。
視線による滞りも、以前より、より自覚できるようになってきて、その解消として、生まれたものかも。
楽譜のページや段が移動する時に、微かではありますが、こうした滞りの芽が首の後ろに生まれていた。
ヤモリが方向転換する時の様に、腕で掻いて上半身ごと変化させる。
先日、三味線の方をお教えした時にお話した「可動域」のことが、微かに残っていたせいかもしれません。
「視線の可動域」
視線に無理をさせるのではなく、「可動域」になるように身体全体で移動する。
・・・
あと、もうひとつ。シンプルだけれど、大事なことを。
もちろん、現段階の、という前提はいつもありますが・・
お辞儀をする時に「膝を前に出さない」を実施し、前後の構造を強くするのですが、その折の膝のままでは、二足歩行の股関節のまま。
「逆さ水月」があんなに良かったのは、脚の旋回により、四足歩行的股関節に導いていた、というのも理由の一つだと思います。
でも、大げさな動作が気になるような時にはなかなかやり難い。文化的制約?
ということで、逆さ水月ができない時は、お辞儀の後で、ちゃんと四足歩行的下半身にしてやる必要が。
楽器を構えつつ、屏風すわりの体勢になり左右の構造を強くする時、同時に、膝の向きを四足歩行に。
これを行うかおこなわないかで、かなり変わってくる。
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