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2015年07月15日13:58

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その場所には熱があった(08)

 ホラー雑誌の取材中に行方不明になった女の子がいた。彼女のことはずっと気になっていた。ホラー雑誌だったので、あの頃は心霊現象のように言って笑ったりもしていた。原稿の締め切りに間に合わないという理由で行方が分からなくなる、友達に仕事を振ったのに、その出版社がギャラを支払わず、その肩代わりも出来ないという理由で行方不明になる、いろいろな理由で人がいなくなるのがマイナー出版の世界だった。
 関越自動車道を降りると、もう、道は暗かった。目標地点が定かではないのでカーナビは使えない。記憶だけが頼りだった。あの頃は、カーナビがなく、地図だけを頼りに探していた。ゆえに、道の感覚は残っていた。街道を逸れて渓谷沿いを走る。いくつかの小さな集落を過ぎると、神社がある。神社のそばに、空き地がある。車はそこに停める。記憶のままだった。
 車を降りると、初夏だというのに、寒気を覚えた。この恐怖はあの頃のままだ、と、筆者はそう思った。しかし、恐怖はそれだけだった。
 あの頃は、もっと怖かったような気がした。そこで殺されたものの無念のようなものを筆者たちは感じていたのだ。
 一人では怖い、というが、実は、恐怖は人によって増幅されるものなので、複数でいるほうが怖いのだ。
 そうえば、あの頃、筆者にとって一番怖いのは、何かあったときに、自分が最初に逃げてしまうのではないかということだった。つまり、臆病者だと思われることをもっとも恐れていたのだ。たぶん、幽霊と出会うこと以上に。
 それでも、筆者たちは、ホラー現場を取材した。読者はそれを喜んだ。取材が過激なほど雑誌は売れた。売れることが嬉しかった。だから、筆者たちは恐怖を増幅するために、禁じられた場所に入り、禁じられた行為をしていたのだ。
 売るためなのか、ただの悪ふざけなのかも分からないようなところがあった。
 そういえば、彼女は、そんな筆者たちに、何度か批難の言葉を浴びせていたような気がした。彼女は悪ふざけのホラー雑誌ではなく、もっと、本気のホラー雑誌を作りたかったのかもしれない。
 ホラー取材した釣り宿は見つからなかった。それらしい空き地があったが、釣り宿があったにしては小さ過ぎる気がした。そこに立つと、後ろは山、道路は見えず、前は低木に覆われていて、いかにも何かが出て来そうな雰囲気ではあった。しかし、それだけだった。
 もし、あのときのメンバーがいたら、この場所だってホラーの現場になってしまっていたことだろう、と、筆者はそんなことを考えた。そして、そんな筆者たちに愛想を尽かして彼女は、姿を消したのかもしれない、と、そんなことを思った。彼女は、顔も見たくない、声も聞きたくない、それほどに、筆者たちのやり方に怒っていなくなったのかもしれないのだ。
 そんなことを考えた瞬間、筆者は、その小さな空間の山側に、獣道程度の道を見つけた。ここだ、あのときも、これを見つけて、そして、登ったのだ、と、そう思った。しかし、行けなかった。そこに行ったところで何があると言うのだ。何もあるはずがない。それに、この場所だって、そもそも、あの日の場所と同じとはかぎらないじゃないか。地図もなしに来たのだ。三十年近く前に、たった、一度来ただけの場所なのだ。
 喉から食道、胃までがズンっと重くなった。何かを吐き出したい、そんな気分なのだ。
 あわてて車にもどりエンジンをかけると、エアコンが汗を冷やした。そのとき、筆者は、はじめて、自分が汗をかいていたことに気づかされたのだ。
 無謀な高揚感。それが雑誌を作らせていた頃。あの頃は何だったのだろうか。
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