mixiユーザー(id:2938771)

2024年05月17日17:39

19 view

日陰の達人、闇夜の天才、その20

性具製作者、その4 

 二人が結婚してからも、筆者は彼の工房に通っていた。彼は一人で工房に暮らし、彼女は通い妻のように工房にやって来ているようだった。不思議な男が結婚を決めた女は、やはり、不思議な女だったのだ。女は彼の一人の時間を邪魔したくない、と、そんなことを言って一緒には暮らそうとしなかったのだ。ゆえに、彼の工房で別の女をモニターとして使うこともあった。結婚した女とのセックスで味を覚えたのか、彼は、それ以来、筆者の前で平気で女とするようになった。そして、それを彼の妻になった女も認めていた。同じように彼も、また、女が他の男と何をしようと勝手にさせていた。
 いや、それだけではない。ときどきだが、彼の工房の二階の彼のベッドで筆者は彼の妻と寝ていたのだ。自分の身体は男を欲してしまうけど、だからといって、彼とそれをし過ぎるて彼を性的に満足させてしまうと、アイディアが出なくなるのだ、と、そうしたことを女は言っていた。恋愛抜きにセックス出来る安全な相手が筆者だったというわけなのだ。それは男にとって安全なのではなく、自分にとって安全なのだというのだから、筆者には嬉しいことではなかった。むしろ、セックスしても何も感じない男とバカにされているような気がした。
 彼女は、また、自分の妻が頭の上で別の男に抱かれている、と、それを考えることで、アイディアが出るはずだ、と、そうも言っていた。そして、その男も、また、そんな女のワガママで強引な理論を信じていたし、それをしてくれる女をありがたい女だと思い込んでいたようだった。
「彼ね。子供の頃から一人遊びが好きだったらしいの。子供の頃は、プラモデルばかり作っていたって言ってた。そこ、似てるの、私に、私も、一人で人形遊びばかりしていたから。別に友達が出来ないというわけでもないし、友達と遊ぶのが嫌いだったわけでもないんだけど、ただ、一人で遊ぶのが好きだったの。彼も同じみたいなの。あのね。正直、私を大切にしてくれる男はいたのよ。いくらでもいたの。本当よ」
 本当だろう。アダルトの、しかもマニアビデオや雑誌のモデルとはいえ、モデルはモデルなのだ。驚くほどの美人ではないかもしれないが、それなりの美人ではあった。望めば良い結婚は、いくらでも出来るチャンスがあったことだろう。
「あのね。私を大事にしてくれて、私が気持ち良いと思うようなセックスをしてくれる男は、いくらでもいたのよ。でもね。私の一人エッチを大事に思ってくれる男なんていなかったの。彼だけだったのよ。女が一人エッチしていたら、これ幸いと男は手を出してくるでしょ。でも、彼は、そっとしておいてくれるの」
 筆者はドキリとした。そういうことだったのだ。彼の工房でしている筆者の行為は彼女の一人エッチだったのだ。そして、筆者は、それにこそ相応しい男だったのだ。二階で関係は持つが、それをきっかけにラブホテルに誘うわけでも、食事に誘うことさえしないのだから。彼女とベットを共にした後は、彼女ではなく、階下で仕事をする彼とばかり話をしているのだから。セックスと恋愛が切り離れているのだ。いや、セックスはあっても恋愛がないのかもしれない。そして、それは、三人共にそうだったのかもしれない。
 その頃の筆者は、彼の開発するどんな玩具よりも優秀だった。バイブレータのような逞しさはないが、その分、玩具にはない動きをしたし、会話も出来た。しかし、いつの日か、彼は、そんな筆者よりも優秀な性玩具を開発するのだろうな、と、筆者はそう信じていた。何しろ、彼は天才だったのだから。
 ところが、奇妙な夫婦と筆者の関係は突然に終わることになった。
 彼の父親が倒れ、急遽、田舎に戻ることになり、彼ら夫婦は共に彼の田舎に引っ越すことになったのだ。しばらく離れるが、また、戻って来るので、工房はそのままにして、女のマンションの部屋だけを引き払う、と、彼は言っていた。そして、戻り次第、また、連絡をするとも言っていたのだが、そのまま、彼からも、また、彼女からも連絡はなかった。
 もう何十年も前のことになる。二度と会うこともないのだろう。ただ、今でも、筆者は、大人の玩具店などで、奇妙な性玩具を見ると、これは彼の開発した商品かもしれない、と、そんなことを考える。
 まだ、携帯電話などなかった頃の話なので、今の筆者の電話番号を彼が知ることは出来ないだろう。筆者も、また、彼に連絡をとる術などない。人間関係がそうした希薄な時代であり、人間関係が希薄な業界だったのだ。
 一年中窓を開けない彼の工房。中は煌々と明るいというのに、暗く寂しい印象しかなかった彼の工房。暗く寡黙な男。彼は確かに天才だった。誰に認められることもなく、誰も称賛したりしないが、彼は天才だった。確かに彼は天才だったのだ、闇夜の中の。
0 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2024年05月>
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031