mixiユーザー(id:2938771)

2024年05月15日16:30

7 view

日陰の達人、闇夜の天才、その18

性具製作者、その2

 エロ本であれば、その製作で拘るものは、当たり前だが視覚なのだ。女性の裸が美しく見えるとか、被虐的な表情とか、歓喜の姿態というものだ。もちろん、法律のギリギリで違法なそれを見せるということにも拘った。もう一ミリ消しが小さければわいせつ物になるというギリギリに拘っていた。そのエロ本の中で、筆者は、どちらか言えば聴覚にも拘っていた。そこに写っている女性の言葉は、もちろん、その心理についても活字で表現する。
 ただの裸ではなく、その女性の職業が分かるような服装や背景にも拘ったいた。
 しかし、拘りはそこまでだった。人間には五感があると言っても、臭覚や味覚ばかりはエロ本では表現が難しかったからだ。ましてや触覚、いわゆる皮膚感覚は無理だ。いや、違う。無理だからエロ本はそれをしていないのではなく、視覚や聴覚に拘るような者がエロ本屋になっていたのだと思う。
 ところが、彼は違った。彼の拘るところは、まさに、皮膚感覚だったのだ。そこが筆者には新鮮で、しかも、興味深かったのである。
 エロ本屋である貧しい筆者の感性では、皮膚感覚で拘るならバイブレータではなく、オナホールだろうと思うのだが、彼は違っていた。彼が言うには、男はセックスにそこまでデリケートではない、ということなのだ。ゆえに、拘るべきはバイブレータの素材や拘束具の素材なのだ、と、そう言うのである。ところが、それまでのバイブレータは素材には拘りがなく、見た目や電動での動きにばかり拘っている、と、彼はそれを嘆いていたのだ。まだ、そうしたアイテムを買うのは男で、たとえば、女性に使用するバイブレータでさえ男を満足させるためのもので、女性を満足させるためのものではなかったからなのだ。
「硬いものを造るのは簡単なんです。柔らかいものを造るのも簡単なんです。挿入されて心地良い硬さのものを造るのが難しいんですよ」
 彼はそんなことを言っていた。筆者には、彼の言うことは良く分からなかった。硬さに拘ったことなどなかったからだ。自分の作るエロ本でも、硬いとか柔らかいという表現は少なかった。もしかしたら「恥ずかしい」という言葉が百あったとしたら「硬い」という言葉は一だったかもしれない。そこには拘っていなかったのだ。そして、そこに拘っていなかっただけに、彼のそこに対する拘りが筆者には新鮮だったのである。
 彼はSMの道具は冷たく、セックスの道具は温かく、と、そんなことも言っていた。筆者は、むしろ、彼の少ない言葉の中から学び、自分のエロ本に、そうした温度、湿度のようなものを入れるようになったのだった。
「これ、雑誌に掲載してくれませんか」
 彼がそう言って筆者に渡したのは、大学ノートを切ったようなメモに書かれた通信販売の文言だった。特注でバイブレータを造るというものらしかった。筆者のエロ本など、たいして売れていなかった。そこに掲載したところでビジネスになどなるはずがなかった。筆者は、正直にそれを彼に告げた。しかし、彼は、ビジネスをしたいのではなく、それを造りたいと思う人のことを知りたいだけだから、一人でも二人でも注文があればそれでいいし、それが女性だったら、ものすごく嬉しいのだ、と、そう言った。
 幸いなことに、筆者の作るエロ本は、売れないが、どうしてだが、けっこうマニアックなエロ本にも関わらず、どれも、女性読者が多くいた。もしかしたら、と、筆者も興味が出た。自分好みのバイブレータを造りたい女性の話を筆者も聞いてみたくなったのだ。いや、もしかしたら、お金を出してまで、自分好みのバイブレータを造りたいという女性に会えるかもしれない、と、そう思ったのである。もっとも、それは妄想で、そんな女性のコンタクトは残念ながら一件もなかった。時代もあったのかもしれない。もし、今の時代に、それをやっていたら、コンタクトはあったのかもしれない。天才の考えることは、しばしば、時代に早過ぎて失敗するものなのだから。

0 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2024年05月>
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031