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2021年02月12日12:20

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ドイツ軍参謀の観点からの第二次世界大戦論(33)------対ソ戦に対する一般的な疑問

第7章 バルバロッサ     //対ソ戦略//

序------対ソ戦に対する一般的な疑問

[英訳者(ビクター・ヘンリー:架空の人物)によるコメント]-----アメリカ人の平均的な見解
四半世紀すぎても,1941年6月にヒトラが,なぜ東に鉾先を向けたのか,世界中で未だに疑問に思われている。当時,英国は,ロープにぶら下がって,アフリカやバルカンでの敗北,Uボートによる損失の災厄からかろうじてのがれていた。さらには,KOを止めることは,出来なかった。そのとき,ヒトラは,第二次世界大戦に勝利が目前に見えた。英国を拭い去れれば,驚かんばかりの成果を消化した後,かれは,単一の正面戦でソビエト連邦にあたることができた。その代り,英国を捨て置き,かれは,鉾先を東に向け,歴史上空前絶後の血みどろの戦いを解き放った。しかし,背後をオープンにしたままであったため,ノルマンディ上陸をゆるし,彼自身とドイツを破壊した。

なせ?

この疑問については,私には,フォンルーン将軍が,丘の別の側面から,多くの光を当てているように思える。アメリカ人の読者は,西方の作戦により興味をもつので,私は,この資料を大幅に簡約した。しかし,ルーンによる解析の神髄は,維持するように努めた。

[訳者によるコメント]-----個人的見解
まず,英国を屈服させてからソ連に当たるという定石をヒトラが知らないはずがない。その定石に反したことを行うには,それなりの理由があるはずである。訳者は,この根本的原因を,フーバ大統領が宣戦布告なき戦争と批判した,ルーズベルト政権の武器供与法にあると考えている。武器供与法により,英国は,アンタッチャブルな聖域である米国の兵器廠から無尽蔵に武器弾薬の供給を受けることができるからである。

米軍のベトナム戦争による苦戦を見ていた者からすると,いくら戦闘に勝利をおさめても,相手方のアンタッチャブルな聖域から無尽蔵に武器弾薬の供給を受けている場合には,いわゆる”城下の誓い”を行わせることは不可能である。ベトナム戦争を例によると,米軍がいくらベトコンを叩いても,武器弾薬は,アンタッチャブルな聖域であるソ連から中国経由で供給されるので,あまり効果がなかった。この供給ルートを断つために,北ベトナムの爆撃,ホーチミンルートの空爆,カンボジア侵攻など強硬策を行っても,ベトコンへの供給ルートを断つことができなかった。

上記の事情は,日本の日華事変も同様である。いくら,国府軍を叩いても,アンタッチャブルな聖域である米英から無尽蔵に武器弾薬の供給をうけていたので,蒋介石に手をあげさせることはできなかった。日本の南方進出の目的は,国府軍の補給ルートを断つこともその目的のひとつであったくらいである。このような状況では,英国を屈服させるためには,英国国民に厭戦気分を蔓延させ,朝鮮動乱型の休戦協定を結ぶことを目指すしかない。

英国国民に厭戦気分を蔓延させるには,数年はかかる。インド等の植民地に次々反乱を起こさせるしかない。さすがの英国も,殆どに植民地で独立闘争がおきれば,ドイツとの戦闘にかまけている間に大英帝国の崩壊が起きることが懸念され,ドイツと手打ちを行い,伝統の大陸均衡策にもとったほうがよいと声が主流となると予想される。

以上の観点から,英訳者が自国の武器供与法に全く言及していないのは,片手落ちと言わざるを得ない。この英訳者も自国軍がいかにベトナムで苦戦したかを知っていれば,宣戦布告なき戦争である武器供与法の厄介さを認識できたものと推察される。
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