■■このレポートの本来のテーマである「観た聴いた読んだ」の月次棚卸しの前に、日々の出来事や歳時記など、備忘のため書き留めておく。4/8 浜松城公園を散策。以下レポート参。「浜松城公園の春」https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1991956843&owner_id=334
上京レポートを1つアップし忘れていた。4/16に訪れた国立西洋美術館の「チュルリョーニス展」は、「北斎 冨嶽三十六景」と組み合わせのチケットになっていた。今更という思いはあったが、折角なので観ていく事とした。・会期 3/28〜6/14会期はチュルリョーニ
森鴎外記念館で特別展「近代文学でよむ 文の京の坂と名所」を観たあと、根津神社に向かう。これが今回4/15〜16の上京の最後の目的地である。根津神社では現在「文京つつじまつり」を開催中。主催者欄には文京区と神社の名が並ぶ。・つつじ苑オープン 4/1〜4/3
〈続き〉◆東京大学根津神社の西の丘の上を南北に走るのが本郷通りで、これを南へ行けばすぐ東京大学本郷キャンパスの校舎群が左手に見え、赤門前に至る。1877(明治10)年東京開成学校と東京医学校が合併して東京大学が創設された。校地は旧加賀藩前田家上屋敷
西洋美術館で「チュルリョーニス展」と「北斎 冨嶽三十六景」を観たあと、山手線の西日暮里経由で千代田線 千駄木へ。次の目的地は森鴎外記念館である。鴎外記念館を訪れるのは今回が4回目か5回目か。その度に上る団子坂だが、今回坂の途中で見つけたバーガ
(続き)◆第1章「自然のリズム」1907年に帰国する迄ワルシャワを拠点としたチュルリョーニスだが、彼にとっては祖国の豊かな自然が創造の源であり続けた。しかし、彼にとっての自然は、写実的描写の対象となるよりも、その生命感が抒情的気分あるいは象徴的意
2日目4/16(木)、昨日の雨はうそのように晴れ上がった。10:00前にチェックアウトを済ませ、一旦東京駅迄出て荷物をロッカーに預け、山手線で上野へ。国立西洋美術館で「チュルリョーニス展〜内なる星図」を観る。・会期 3/28〜6/14ミカロユス・コンスタンティ
4/15(水)、国立新美術館で「テート美術館 YBA & BEYOND〜世界を変えた90s英国アート」を観たあと、千代田線,副都心線と乗り換え新宿三丁目へ。新宿歌舞伎町能舞台で「葛飾北斎・渓斎英泉 艶くらべ」展開催中。北斎と英泉の春画展と言えば分かりやすいか。以下
(続き)◆第4章「現代医学」1990年に開催された「現代医学」展は、アーティスト達が芸術、人間らしさ、身体と心との複雑な関係と向き合った画期的なイヴェントとして英国美術史でよく言及される展覧会だ。地球規模の健康課題(グローバルヘルス)に医学が多大な
(続き)◆第2章「おおぐま座〜都市のイメージをつなぐ」英国の伝統的な製造業は1990年代初頭迄に衰退し、サービス業や金融業といった分野に追い越されるようになっていた。結果、都市開発は停滞をきたし、未完成のビルや空き店舗、廃墟と化した建設現場が都市
4/15(水),16(木)と1泊の予定で上京。10:17浜松発のひかり、11:42に東京着。正午過ぎ、大手町のホテルTに荷物を預け、近くの地階レストラン街の蕎匠 包丁切りそば「みとう庵」で海鮮かき揚げ丼とせいろのセットでランチ。千代田線で乃木坂へ、国立新美術館で開
4/15(水)~16(木)、1泊で上京した。今回の行程は凡そ以下の通り。・4/15国立新美術館「テート美術館 YBA & BEYOND〜世界を変えた90s英国アート」新宿歌舞伎町能舞台「葛飾北斎・渓斎英泉 艶くらべ」・4/16国立西洋美術館「チュルリョーニス展〜内なる星図」
4/8(水)、シネマイーラで『両親(ふたり)が決めたこと』を観たあと、心地好い風に誘われ、近くの浜松城公園へ寄ってみた。様々な花達が多くの市民と来た春を愉しんでいる風情だった。天守門と満開のソメイヨシノ。ここの桜は市内では開花がちょっと遅めだ。石
4/8、シネマイーラ浜松で『両親(ふたり)が決めたこと』を観る。安楽死をテーマにした文学作品や映画は多くあるが、本作はデュオ安楽死を扱っている。「デュオ安楽死」とは夫婦が同時に安楽死を遂げるもので、私はこういう手法が存在する事を初めて知った。ス
王谷晶(おうたにあきら)の小説『ババヤガの夜』を読む。本作は2020年「文藝」秋季号の特集「覚醒するシスターフッド」に発表された。手持ちの文庫本の帯には「シスター・ハードボイルド」「シスター・バイオレンス・アクション」などの文字が躍る。2025年、その
(続き)多くものを失って戦争は終わる。朝子の夫 茂樹は片腕をなくして帰ってきた。それでも、料理好きな彼は明るく、物資のない中、皆の食事を作り、店で出す献立を工夫した。悌子は権蔵と結婚する決心をした。大恋愛で結婚するというような時代ではない。悌
木内昇(きうちのぼり/1967- )の550ページを超える長編小説『かたばみ』を読む。初出、2021年8月から2023年2月迄、北海道新聞,東京新聞,中日新聞,西日本新聞,神戸新聞に掲載。単行本を出すに際し、加筆修正した。戦中から戦後の困難な時代に、悩みながら生き
■■このレポートの本来のテーマである「観た聴いた読んだ」の月次棚卸しの前に、日々の出来事や歳時記など、備忘のため書き留めておく。3/4~5 蒼、公立高校入試。3/5 e-Tax所得税確定申告書作成~送信。3/6「肺に影」/N呼吸器科クリニックhttps://mixi.jp/vie
3/28(土)、天竜川上流の「秋葉ダム千本桜」で満開の桜を観る。秋葉ダムは何度か脇を通った事があるが、ここで花見をするのは初めて。静岡市に住む姉が3/24(火)に同地を訪れ、見頃だったと言うので、私も行く気になった。浜松市浜名区の我が家からは車で1時間
(続き)2025年11月、HIMARIはフィラデルフィアに戻り、カーティス音楽院でカヴァフィアンのレッスン。1ヶ月後の年末に名門スイス・ロマンド管弦楽団と演奏するブルッフのヴァイオリン協奏曲第1番の練習。カヴァフィアンは言う、「今は狭い部屋にいてピアノ伴奏
(続き)2025年1月ニューヨーク、初めてのレコーディング。ピアノはチェルシー・ワン。曲目は、2024年末にフィラデルフィア管弦楽団と演奏したワックスマンの《カルメン幻想曲》のピアノ伴奏版 他。レコーディングに入る前に、カーネギーホールの隣に立つビルの3
3.21(土)、NHK-BSが放送した『HIMARI という名の才能~14歳のヴァイオリニストの現在地』について。2024年11月、13歳のHIMARI(2011.6.24- )は日本で本格的に演奏家デビュー。これ以前にも単発のコンサート出演はあったが、リサイタルツアー(「HIMARI Violin R
3.26(木)の中日新聞記事。「戦犯弁護人~祖父が残した記録」連載全5回の最後。太平洋戦争後の1946~49年、オランダが開いたインドネシア・アンボンでのBC級戦犯裁判で、戦犯らの弁護に当った岩瀬良尾弁護士が残した個人的ノート(岩瀬ノート)を見つけた孫の嘉之さ
昨日の日記のレポートでは、3.24(火)の中日新聞朝刊記事を前提に整理を行った。ところが、翌3.25(水)の記事(以下の写真)で内容に変化があったため、それに従ってレポートも修正する事とした。◆起訴された日本人3人・少佐;准尉の上司。(現地憲兵隊の上官)・
インドネシア・アンボンにおいてオランダが行ったBC級戦犯の1裁判について、3.24(火)中日新聞朝刊に掲載された記事その3。この記事だけでは理解しきれないところがあるが、以下、それなりにまとめてみた。起訴された日本人3人;・少佐;准尉の上司。(「連隊の
昨3.23(月)の日記に「戦犯弁護人 祖父が残した記録~1」として書いたレポートに、3.22(日)中日新聞朝刊の同題記事のスクラップを貼付した。記事は全5回の予定で、3.23(月)の中日新聞朝刊には同記事その2が掲載されたため、以下に貼り付ける。記事中の写真の右
3.22(日)の中日新聞朝刊記事より「戦犯弁護人〜祖父が残した記録」。太平洋戦争後の1946〜49年の間、インドネシアのアンボンではオランダが開いた法廷は12回で、旧日本軍軍人から1,038人をBC級戦争犯罪人(*)として裁いた。内、死刑となったのは236人。他国で
(後編1から続き)獅童の代表作に10年以上続く演目がある。絵本『あらしのよるに』(1994-2005講談社/作 木村裕一,絵 あべ弘士)を原作とした同名の新作歌舞伎だ。 2015年、京都南座初演、ヤギのメイ 尾上松也、オオカミのガブ 獅童。喰う・喰われるの関
(前編から続き)中村獅童の歌舞伎におけるスタートは散々なものだった。獅童「ありとあらゆるオーディション等を受けたが、ことごとくダメだった。歌舞伎で群衆の役しかやっていない者に来るオファーは1つもない。その時、僕がもっとおりこうさんだったら、辞
3.10(火)と17(火)に放送したNHK-Eテレ「NHKアカデミア」(前・後編)は、歌舞伎俳優 二代目中村獅童。以下、「 」内は獅童が語った言葉、多少意訳や省略もあるが。「"獅童"というのは、僕の父が子役だった時の名前。二代目と言っても、父は子役で歌舞伎を辞めて