(続き)琴子は、孤児院「隣相館」に入寮する事となった。ここにやってきた孤児らは、まず庭にあるドラム缶の風呂に入ってきれいにさせられる。男子姿の琴子は逡巡していたが、とうとう衣服を脱ぎ始める。と、鷹間乃生館長(吉田羊)が気づいて走り寄り、タオルで
(続き)ある日、琴子は列車の中で新聞売りをする少年達を見た。リーダー格の少年 将吉(羽山由一郎)は身体は小柄だが賢こそうで、世の回り方を訳知りの如く、男子姿の琴子に教えてくれた。上野で男に新聞を預かり、それを車内で売りさばいて、夕方男に売り上げ
10/26(月)、TOHOシネマズ・サンストリート浜北で『わたしの知らない子どもたち』を観る。監督 西川美和(1974- )は、一貫して善悪だけでは割り切れない人間の複雑さを描いてきた。今こちら側にいる人間が、どんな拍子で向こう側に行ってもおかしくない。彼女の
(続き)◆坂ノ上薬師堂 3像坂ノ上(さかのかみ)薬師堂は前掲の藁科川の更に上流山間部(*)にある。奈良時代の豪族坂上(さかのうえ)氏(*)によって建立されたが、行基開山との伝説も。江戸時代の再建後、荒廃と焼失を繰り返し、廃仏毀釈で遂に廃寺。現在の堂は1929
(続き)◆建穂寺(たきょうじ) 阿弥陀如来坐像像高61.6cm。頭体幹部は1本の材から彫りだし、前後に割り矧ぎ、内刳りを施す。玉眼嵌入。金泥塗装に漆箔。理知的で引き締まる顔立ち、腹部の量感、深く動的な衣文など、鎌倉時代の顕著な作風。胸前に掲げる説法印(
2021年に浜松市美術館で開催された「みほとけのキセキ」展は高く評価され、2023年にはその「�供廚�開かれた。過去のレポート・「みほとけのキセキ〜遠州・三河の寺宝展」(2021.4.5~7記)~1 https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1978885972&owner_id=3341406&from=
(続き)センター長マフディは、エルサレムの赤十字社にも救急車派遣依頼を試みるが、前述した通り、エルサレムとガザの隔たり、直線距離とは異なり、実際は天と地程もある。オマルはマフディを飛び越えて、個人的な伝手を頼り、救急隊の1人に直接電話を掛けよ
10/21(水)、シネマイーラ浜松で『ヒンド・ラジャブの声』を観る。ヒンド・ラジャブとはパレスチナ人でガザに住む6歳の少女の実名。正確にはヒンド・ラジャブ・ハマダという。監督カウテール・ベン・ハニア(1977- )はチュニジアで生まれフランスで映画制作を学んだ
(続き)◆萩原商店街古くは飛騨街道の宿場町として栄えたが、今は、昔ながらの面影も残しつつ、しかし閉店もちらほら。・ムニール・ファトゥミ(1970/モロッコ-パリ在住)《2つの面影の狭間で》大正風の面影を残すアーチ窓、旧床屋の店舗と続く住居を使い、遺さ
10/10(土)は名古屋フィルの定期演奏会を聴いたあと、名古屋駅近くのホテルTに宿泊。翌11(日)朝早くチェックアウトし、特急ひだに乗って岐阜県下呂市へ。「森と温泉、街道と廃校がつくる、日本最深部の国際芸術祭」と謳う「下呂ART DISCOVERY 2026」を観て回る
10/10(土)、文化のみち撞木館で深堀隆介展「金魚の唄」を観たあと、愛知県芸術劇場コンサートホール迄歩いて移動し、名古屋フィルハーモニー交響楽団の第549回定期演奏会を聴く。[プログラム]指揮 川瀬賢太郎ジェイムズ・マクミラン《ブリタニア》マックス・
10/10(土)、名古屋フィルハーモニー交響楽団の定期演奏会の前に、「文化のみち(*)撞木館(旧井元為三郎邸)」で開催中の「深堀隆介展~金魚の唄」を観る。・会期 9/18~10/25撞木館入口。輸出陶磁器商として活躍した井元為三郎(1874-1945)が大正末期から昭和初期
(続き)2. 劇場空間の「光」と「衣裳」(1)ガス灯シャンデリア(1810年代~1830年代)オペラ劇場に、蝋燭に代わってガス灯が導入されたのは1810年代、最初は産業革命の地にあったロンドン・ロイヤルオペラハウス(1810)。1837年には、舞台の主役のためのスポットライ
公開講座「協奏するラグジュアリー:衣裳と一張羅」・2026.10.3(土)/ 静岡文化芸術大学 南176大講義室・講師 静岡文化芸術大学 デザイン学科 教授 藤井尚子前提「衣装」:身にまとう衣服全般。「衣裳」:出発は上下に分かれた衣服、特に舞台,伝統芸能,格式の
(続き)・3月18日(火)ナギテラスで開かれた演奏会。ピアノ伴奏にバラライカ演奏。少女が「ナギは春だよ」と歌うと、子供たちが踊りだす。客の中に寄子と友梨。・3月19日(水)春樹が友梨にメールを寄こした、「相談したいことがあるので内緒で来て欲しい」行くと
(続き)・3月16日(日)ナギ現代美術館の外で、古いカメラの仕組み「カメラオブスクラ」をダンボール箱で作ろうというワークショップが行われている。参加者の中に、友梨、春樹、圭太、そして春樹の父親井口好浩の姿が見える。圭太が覗くカメラオブスクラには、
(続き)寄子も東京にいた事がある。美大は東京だったし、その後もしばらくは東京にいたが、両親の介護もあってナギへ帰ってきた。両親が他界後も、独身にはやや広すぎるこの家に住み、彫刻を続けている。彫刻の仕事にはこのスペースは都合がいい。彫刻というの
10/1(木)、シネマイーラ浜松で深田晃司(1980- )の『ナギダイアリー』を観る。本作は深田の一般公開長編映画として11本目になるらしい。2016年に『さようなら』を観たあと、深田作品は全部観ようと思うと日記に書いた。〈参〉「『海を駆ける』/深田晃司」(201
■■このレポートの本来のテーマである「観た聴いた読んだ」の月次棚卸しの前に、日々の出来事や歳時記など、備忘のため書き留めておく。9/n 2024年の浜松国際ピアノコンクールで優勝した鈴木愛美(2002- )は9月からロンドン留学。ギルドホール音楽演劇学校
公開講座「オペラ劇場と初代帝国劇場~劇場とは何か」・2026.9.26(土)/静岡文化芸術大学 南176大講義室・講師 静岡文化芸術大学 芸術文化学科 教授 永井聡子1.近代オペラハウスからバイロイト祝祭劇場へ劇場は単なる「ハコ」ではない。「劇場」を「人材」「空
(続き)第2幕が開くと、中央、上から巨大なカーテンが垂れ下がり、それに様々な紙や布を貼り付けて木肌らしさを出している。素晴らしい大道具だ。どうやらこれは春埜山のご神木らしい。頭上に耳が立った子ギツネらがその周囲で歌い遊ぶ。そこへ平五郎に命令さ
(続き)96歳で亡くなった末吉。彼は遺言を書いていた。喪主であり長男である平五郎は、父がそんなものを書いていた事に驚き、また、その内容を読んで混乱した。残された家族も皆同様である。まず、遺産である山は末吉の弟 正一に譲ると書いてある。正一は既に
9/27(日)、浜松市の山間部、天竜区春野町にある春野文化センターで行われた「劇団限界集落」の第9回公演『喜劇 春埜山 きつねつき〜令和の大コン乱』(2幕/2時間)を観る。私の家からだと、天竜川に沿って上り、途中から分岐する支流 気田川(けたがわ)の上流へ
9/26(土)、静岡文化芸術大学のオペラコンクール関連講座の帰りに、友人4人でランチ。街中にあるフレンチの老舗だそうだが、遠州鉄道の高架下、緑の木立が並ぶ公園の脇にたいへん質素な店構えで、友人に引率されなければ気づかずに通り過ぎてしまうところだっ
平山亜佐子著『問題の女 本荘幽蘭(ほんじょうゆうらん)伝』を読む。1879(明治12)年久留米市生まれ、本名は本荘久代。父は旧久留米藩士で、のちに大阪商業会議所の理事や弁護士を務めた。15歳になると、姉の代わりに婿をとる事を父から指示され、自分の意志と
公開講座「オペラ《サロメ》〜世紀末芸術と頽廃の美学」・2026. 9.19(土)/静岡文化芸術大学 南176大講義室・講師 静岡文化芸術大学 芸術文化学科 教授 上山典子リヒャルト・シュトラウス(1864-1949) 歌劇《サロメ》Op.54(1904-05)。・1904~05年作曲、上演時間
静岡国際オペラコンクール関連イベント、公開講座「オペラの魅力〜美しい歌にはドラマがある」・2026. 9.12(土)/静岡文化芸術大学 南176大講義室・講師 静岡文化芸術大学名誉教授 高田和文1. オペラの誕生16世紀末、フィレンツェの知識人グループ(カメラータ)
今年は3年毎に開催される静岡国際オペラコンクールの年だと先日レポートした。「第10回静岡国際オペラコンクール予告」(2026.7.18記)https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1992529680&owner_id=3341406&from=list_diary_titleその関連イベントとして、「オペラ
名古屋フィルハーモニー交響楽団は今年2026年7月10日に創立60周年を迎えた。 (*)N響は100年。以下、名フィルと同ファンクラブからのレター。60周年を記念し、名フィルは2027年明けすぐ1月にランス(仏)とトリノ(伊)へツアーを行うとの事!下はレターと一緒に
(続き)その後、2人は何作か読み切りの雑誌掲載を得て、アマチュア漫画家「藤野キョウ」の道を進んでいく。高校3年のある日、藤野は京本を引っ張って東京に出、出版社で編集者と会う。編集者はそろそろ連載物にチャレンジしてもいい時期だと提案する。そのた