「おー、これぞ、男の、心意気ーッ」
—緒方拳(こぶし)、最後の仕事—
「さあ、千草、最後の瓦版だ。
本日、希代の剣士、白野弁十郎、京の辻にて卑怯にもだまし討ちに合い、たッ、倒れる」
ひそかに愛し続けた千種の前で、夕暮れと共にまもなく訪れる自分の死を、瓦版に託して白野は伝えるのだ。千種は、はっとする。
「島田先生の芸を残さねば」と緒方拳がはじめたという「白野弁十郎」の一節なのだが、緒方拳がそっくりそのまま演じたかどうかは、ぼくは知らない。
子どもごころに「シラノ・ド・ベルジュラックス」ほど美しい男のドラマはない、そう思っていた。CXが開局してまもなく、「3時のロードシヨー」にくり返し流されていたのを、見たのがはじまりだ。まだとてもとても男とは言えない子どものぼくだけど、涙だけはりっぱに男泣きしそうになっていた。
中学生になった時、新国劇の「白野弁十郎」に突然出会った。「白野弁十郎」は剣聖、沢正こと沢田正二郎のために、「シラノ」を翻案したもので、沢正の直弟子、島田正吾が日本版「シラノ」こと「白野弁十郎」を演じていた。
そいつは、日本に舞台を移すことで原作よりも、よりスピリチュアルに仕上がっていた。だって、白野は希代の剣豪だからね。
新国劇が解散した後、島田正吾は94才までひとり芝居「白野弁十郎」を続けた。赤い鼻をつけ、杖をひと振り持ち、時にそれを剣にして、ゆったりと振った。それは、静かな踊りのようだった。
少しだけ芝居の説明をしておくと、白野は稀代の剣豪だが、大きな赤い鼻を持つ異相の男だ。美貌の剣士、来栖が親友でその恋人、千草が物語の綾になる。白野は千草のために生き、千草はそれを知らない。
余談になるがー
新国劇の創始、沢正こと沢田正二郎が逼塞した時、東京中で唯一、小屋を貸してくれたのが早稲田だった。沢正は早稲田出身で、唯一、自分の芝居ができる板の上、大隈講堂での公演で再帰を果たしたのだ。
それを習って、島田正吾は、大隈講堂でひとり芝居「白野弁十郎」を演じることでまるで沢正を映すように、自分で最後の幕を閉じようとした。閉演後、集まった学生たちと島田は「都の西北」を歌った。(その後も公演は続くのだが、つまり泣けるようなピークで終わりだった)
その「白野」を
「島田先生の芸を残さねば」と緒方拳がはじめたという。
おどろいたし、うれしかった。
緒方拳ほど自分語りをしない役者はいない。東京生まれであること、新国劇出身であること、せいぜいそれくらいのことしか知られていない。
「白野」のひとり芝居の再演で、「島田の弟子」という言われ方をされると思うが、緒方拳は、実は新国劇のもうひとりの座長役者、辰己柳太郎の弟子だった。芸名、緒方拳は拳(こぶし)と読む、辰巳の奥さんが丸1日かけてつけてくれた。
「わたしは緒方拳(こぶし)です」と、ことあるごとに名乗っていた。
その辰己の前に、緒方拳はある日、頭を下げに来た。
「親父さん、新国劇をやめさせてください」
辰己はしばらく黙っていた。そして
「おい、なんとかなんねぇのか」
と詠嘆のような声を出した。
この言葉、はからずも辰己柳太郎、生涯の名セリフのひとつと同じだった。内田吐夢の「人生劇場」の中で辰己が演じる吉良常が、飛車角と宮川、もつれた男二人の仲をほぐしたくて「泣き」のように語るのだ。(そうして、飛車角と宮川、鶴田と高倉健二人のスターは義理の世界に溶け込んで行く)。男たちのすべてのもつれを飲み込む、セリフだった。
緒方は、黙っていた。
辰己はぷいとすねたように、自分の化粧前(鏡台のこと)に向き直った。しばらくして緒方は出てゆき、そうして新国劇に戻ることはなかった。
「時は秋」
ゴオーン(鐘が鳴る、宙に手をかざす。これぞ秋を揺らす「音楽」だ)
「わずかばかりの酒もあり、さあて音楽もここにある」
緒方拳ほど自分語りをしない役者はいない。ぼくにしても、退団間際の上の話しくらいしか知らない。そんな自分史どころか、肝臓ガンに冒されていたこと、そして余命いくばくもないことさえ、語らなかったのだ。
途切れ途切れで申し訳ない、緒方のシラノを続けよう。
「さあ、千草よ。われらが来栖からの最後の手紙を読もうではないか」
(来栖とは、白野の無二の友の剣士で、千草の恋人。そして、幕末の動乱の中ですでに命を落としている)
白野は、架空の手紙を読むことで、来栖の死を千草にヒタ隠しに、隠している。
(さあ、いつものように、さあ)けれど傷付いた白野はもはや息も途切れそうになっている。
巻紙を手にし、読みはじめるのだが、その巻紙はゆっくりと手からすべり落ち、地面を走る。
シュルルルー、真っ白い紙が白い帯びのように転がる。紙には、何も書いていない。
しかし、白野は、目を閉じ、諳んじているように、読み進める。
「なぜ白野さまは、諳んじているのだろう」
ここで、千草は、はっと気付く。
「あ、もしかして白野さま、あの声、あの詩…あれは、白野さま、弁十郎さまだったのではありませぬか」
そうなのだ。亡き恋人、来栖の手紙、来栖の詩、そのすべては白野の代役だったのだ。しかし、白野は問いただそうとする、千草を手で制する。
「千草、来栖の手紙は終わっていないぞ」
なお、そのまま諳んじるように読み進め、読み終える。
ふーっとひと呼吸をすると、拳(こぶし)を突き上げた。そして、真実を語らなかった自分の美学を確かめるように、最後のセリフを叫び、白野は息絶える。
それは、まさしく自分語りをしない役者、緒方拳の人生を映す言葉となって暗転していく。緒方の拳(こぶし)にライトが当たる。
「おー、これぞ、男の、心意気ーッ」
最後のセリフは暗い闇の中に溶けていき、コダマする。緒方の最後の芝居は自分の名前、拳(こぶし)をかかげる事で終わった。
緒方拳、牛込区早稲田生まれ、2008年〈平成20年〉逝去。正式な芸名・緒方拳(こぶし)。
ー了ー
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