「連帯を求めて、孤立を恐れず」 これが、`70年の時代の言葉と言って良いのだろう。さて藤圭子はどんな「連帯の声」を上げることができるか。それを社会はいまかいまかと待ち望んでいた。当時流行りの学生口調をなぞれば、まさしくこんな様子になるだろう。
男のバカさ加減を言い表す言葉に「カブレテいる」がある。小児性でもいいかなあ。「圭子の夢は夜ひらく」の大ヒットで石坂まさをはすっかりカブレテしまった。 誰にって、「演歌の龍」にさ。「演歌の龍」というのは、五木寛之が描く小説の主人公で、ヒット
◯2006年09月06日の日記再掲載[ぼくのセンチメンタル・ジャーニー 2.ザ・プラターズ] 曲のはじまりは不意だった。 ユー・ネバー・ノ〜♪ 映画館の暗闇の中に、この曲が流れた。日本人ではとうてい考えられないほど低い低音ではじまり、甘いテノールが続
◯2006年09月26日の日記再掲載 ぼくの家のすぐ裏に、昭和30年代にとても人気のある映画館がありました。そこに、月に1回、映画のサークルがあって、決まってやって来るおじさんが、いました。 とても、おとなしそうなおじさんで、その日の最後の映画が終わ
「もう浪花節なんかいらないよ。若い子が歌でもやるんなら別だけんども」 小屋主からすげなく断られる父と母、後ろから少女が一歩、踏み出した。「おじちゃん、あたし、歌えるよ、歌わせて」 少女はとっさに大きな声を出した(とされている)。そして少女は
◯2006年10月11日の日記再掲載(大幅加筆){昭和の落語家たち 2} 前座の林家ばん平が、すーっとやって来て座布団の横に何かを置いてぼくの方をちらっと見た。「あいつはいつもぼくの方を見るけど、いつもとちがう。あれは、なんだ」と思ったら金時計だ。「
◯2008年09月28日の日記再掲載 ほほに小さな 泣きぼくろ かわいい人よ なぜ泣くの〜 毎度、お古いお話でございます。 その昔ジュン&ネネという女ふたり、デュオがいましてね。このふたりが「愛するってこわい」というヒットを飛ばしたんですね。 えー
1969年10月の新宿は、実は開戦前夜だった。 前年68年には学生と新左翼が警察を圧倒し新宿駅全体を機能不全にする新宿騒乱を引き起こしていた。 翌年の69年にもう一度、新宿で騒乱事件を起こすことができれば、日本は革命前夜になる。新左翼はそう主張し、
◯2006年10月20日の日記に加筆[昭和の落語家 2] 1「ラ・マラゲェ〜〜〜〜〜〜〜〜(声をのばし続ける)」 とても咄家とは思えない、きれいな声で歌い続ける。 さあ、どこまで息が持つのかな、大丈夫かな。 と心配そうになった時、ギターの横から手で
きょうは「怒りの鉄拳受けてみよ」の項なんだけど。「モノも言わずに張り倒す」という言葉を知っている人は、もういないだろうなあ。東京の職人言葉で、地方から出てきた人(小僧)はまずいちど張り倒され、それから「これがなぁ、モノも言わずに張り倒すっ
『昭和の芸人たち 1』◯2006年9月11日の日記再掲載(大幅加筆) 見事なはげ頭、大宮敏光が演じるデン助こと「デンさん」はいつもクビをふりふり上手からやってくる。その様子、生きたバブルヘッド人形だと思ったらいいよ。クビが気持ちよく、コクンコクン、
◯2006年10月19日の日記再掲載[汚れちまった青春ー11] 待ってください 20才になるまで。 ぼくは大学2年生だった。けれど仲のよかった金野は、ひとり2浪中だった。 1浪はいても2浪はやつぐらい。それでやつがモンモンとしていることは知っていました。も
「歌ってどういうことがすごいの」 ぼくの娘が、以前、人気ってなんなのかと聞いてきた。それと同じような質問だね。ぼくは、またすぐ答える。「歌のすごさねぇ。そいつは、言葉に命を与えることだよ」「普段、言葉には命がないの………」「人は、時々、愛と
◯2006年10月04日の日記再掲載 駅前のパチンコ屋、親父がなかなか性悪で有名なヒノマルホールの前で年配の夫婦がアレコレもめている。「あんたねぇ、すっかり呑まれちゃって、どうしたの」「いや、もう少しで来るかと、うーん」「いやもなにもねぇ、こっちが
「あッ、この子はスター、間違いない」ってね一本指を突き出して、俺は大きな声を出しちゃったよ。 亀戸のキャバレーの店長がいい子がいるから、ぜひ会ってやってくださいというんでね。その亀戸の店に行ったよ。店の中は暗くてよく見えないけど、丸いテーブ
『お元気ですか。思ったより東京での生活は大変です。 歯を喰いしばってがまんしてるんですが、 ときどきY君のことをなつかしく思い出します。お会いしたいものです」 石坂の内弟子になってまもなくの頃、純子(藤圭子)は旭川の中学の同級生Y君に