『ひ弱いフミオ岸田は、ひ弱さ故に、最後に捨身の激プレーに出そうな気がして仕方ないんだ。分裂解散とか、大量除名クリーンアップとかね。ムズムズ、ムズムズ。』と書きました。実はね、書いてて、これ、かなり自信がありましたよ。
「昭和の芸人たち2」○2006年9月12日の日記再掲載 トニー谷、戦後の芸人の中で、この人ほど書き辛い人はいないのじゃないのかな。とにかく難しい人なのだ。ゲテモノ芸人という言い方でカタをつけようとする人も相当いるが、「よせやい」ひと時代を作った芸人
森田童子の「チィチィよ、ハァハァよ」を聴いてウズウズしていた。 インデックスを読んでいたら、この歌のタイトルはあとで変えられたものだと気がついた。「えっ、そうだったのか」、それがどの時期かは、ここではわからないがこの天才的なタイトルが突然
1 甘露書房という駅裏の古書店だった。すみっこの書架のそのまたすみっこの、とうてい誰にも手に取られそうにもないアナキズム本の隣に、「セヴンティーン」はいた。 その本のタイトルは「性的人間」。その後半に、やつはひっそりと隠
○2009年3月12日の日記再掲載『あの子を強い子に育てようと思いました。私のまちがいでした』 小説「疵(きず)」のラスト近く、息子であり、主人公である花形敬との関わりを聞かれて、まるで生涯の息を吐き出すように母親が著者(本田靖春)に深々と語った
「チィチィよ ハァハァよ」 この一行のすごいこと。まいった、まいりました。ハットオフです。 この詩はもう中原中也だね。言葉の鮮度、イタズラっぽさ、つまり青春ぽさは素晴らしいよね。「チィチィ」と「ハァハァ」、「あれェ、なんだあ」と思うけど「父
藤圭子の名唱について書いています。1曲目は「乱れ髪」、続いてその2曲目です。「乱れ髪」を歌った翌々年、1997年に、 藤圭子の人生にひとつ区切りをつけるような依頼がありました。 それは突然、圭子の人生の灯台にポーッと火を灯すような依頼でした。NHK
明石家さんまのお笑いについてのスジの良さの話をします。「何をいまさら」とお思いでしょうが、あの〜松本人志ですね、彼とはお笑いの質の差があり、そいつは実のところ「お笑いの教養みたいなものだ」という実のある話です。少しためになる話のつもりです
藤圭子は「乱れ髪」を歌った。1995年の目立たない地方局のことだった。 まるでカラオケ帰りの主婦のようなニット姿でマイクを握り前に進み、カメラの前に立った。左手を日本舞踊のように(上下に)泳がせ、カラダを手の動きに合わせ緩やかにしならせると曲
○2008年06月13日の日記再掲載 あるスタジアムの3階席のスタンドから、遠い空を眺めている。グラウンドでは、高校生の声が響いている。 水色の空が広がり、小さな白い雲がところどころに浮かんでいる。この水色の色味がよいのだ。強い青ではない、ちょいと
○2010年4月25日の日記を加筆修正 東山紀之は自著「カワサキ・キッド」の中で、川崎生まれ川崎育ちであることを語っている。 ぼくが以前書いた「港町少年」の少年たちより下の世代の、港町少年だったことは間違いない。育った桜本は、すぐそばで当時からコ
○2009年10月26日の日記再掲載「これだけは、おぼえていて欲しいよ キスはキスでそのままだし ため息はため息でそのままさ。 大事なことは 恋をしていたふたりがいたということ そいつは 時がたっても 変わらないのさ」 10才位の時にはじめて見た、こ
○2008年11月26日の日記再掲載「ゆきゆきて、神軍」は天皇を撃った男のその後を撮らえた映画だった。それは、凄まじい熱気と時代に捻転した意志を持った男のドラマだった。 だいぶ前に『ヤマザキ、天皇を撃て』という本があり、その本は「話の特集」にしか広