今年一年で135本の原稿を書いています。よくもまあ135本ですよ。 馬鹿っじゃない。はい、そうです。「なんの意味もないのに、よくもあきないなあ」ということなんですが、なんでですかね、持ち前のクドサですかね。 やや曖昧に「他にやることがない」とい
子犬はドブにハマってしまった。ドブの底にはヘドロが溜まり、汚水が流れていた。汚水には生活のすべての汚れが溶け込んでいた。「臭いなあ、ひでぇなぁ、なんとかしなきゃ」 子犬は必死でもがきなんとかドブから抜け出し、道端に小さな足で立ちブルルッと
「さあ、抜け。銃を抜け。腰抜けと言われたくないなら、銃を抜け」「子供をいたぶるしかできない、あんたのちっぽけな銃だ」「赤く錆び付いているか。銃身はしなびて地面に向いているか。さあ、出してみろ、見てやろうじゃないか」「ほら、はじまるぞ、まもな
中学生の時、ある一文について解説が書いてあるテキスト本が配られた。作文の先生がまだ若くて(大学の講師だったかな)自分の好きな色々なものを中学生に教えたくて、テキスト本を作ったのだね。 タイプ印刷という当時の軽印刷でできた、そう厚くない本。
世の中にこんなインチキなヤツラっているのか。ぼくはもう見かけるたびに怒っている。あきれはてている。「え、え、誰にですか」 キムタクとSnow Manを見ると「よくもまあ、ここまでいぎたなく生きてるもんだ」と思うし、とてもじゃないがこの日本自体がイ
ペンは剣より強し。 権力は剣より強し。 ナベツネが死んだ。例えてみれば刺又と刀、二つの武器を持つヘンテコな姿の政治権力はそのままの異様な姿で死んだ。 複雑怪奇な人なので全容を語るのは簡単ではない。なのでナベツネ・オリジンの「妖しい二刀流」
━坂の上の雲�イ茲螯� 糸瓜 咲て 痰のつまりし 仏かな まだ生きている自分を「仏」と床の中から書いた翌朝、子規は死んだ。妹のりつも河東碧梧桐も横になっただけの姿で側にいて、ほとほと疲れ切っていた。明け方、ふと気がつくと死んでいた。「兄(あに
○2008年12月01日の日記再掲載 東京生まれなんだ。新宿百人町だったかな(隣の柏木説もあり)。山手線の内側生まれはね、そうはいない。都立青山高校を卒業と続くよ。学校を出て、さあ、と学芸大に受験するも失敗。先生になるつもりが、ここで会えなくヘタっ
「お前、何やってんの。しまいにぶっ飛ばすよ」━逆さまにやるんだよ、逆さまに。 逆さまに歩いてこっちまで、来いってんだ。普通にやっていたって、オイラたちは芸になんねぇだろう。「このバカと60年だよ。辛い人生だよ。わかるか」 公園で恋人同士、はじ
映画監督、岡本喜八の番組がNHKでありました。生誕100年の記念企画です。冒頭でね本名が出てきます。とたんです、わたくし、大喜び。 画面に岡本喜八郎、と書いてあるじゃないですか、喜八郎です。岡本監督の本名は岡本喜八郎だと言うのです。まったく意味
「ふてほど」とは、官九郎ドラマ「不適切にもほどがある」のタイトルを省略したものらしい。暮れに来て、あれ、あれ、あれー 不適切なことに「それは、ふてほどだよ」と注意勧告するワードらしいが、それが突如流行語になっちゃった。 へぇー。「へぇーって