mixiユーザー(id:5708627)

2026年10月22日21:26

13 view

(増補版)『アヘンの夢、鉄塔の影』──東京の空に仕組まれた、満州還流システム

  (増補版)
  『アヘンの夢、鉄塔の影』
──東京の空に仕組まれた、満州還流システム


一、東京の中空、回る箸

 東京の中空には、目に見えない巨大な綿菓子機が据え付けられている。
戦後という時代のはじまりに、満州の泥にまみれた男たちの手によって、密かに、しかし頑強に組み立てられた仕掛けだ。
 東京タワーの足元、フットタウンの2階に掲げられた「留園の餃子」というたった一枚の看板の奥を覗き込むとき、ぼくの目の前にはいつも、端正な男装の女性が蘇ってくる。
「お久しぶりでございます」
幻聴のように届くその声は、かつて上海のピアス・アパートで交わされた、誰も生々しいお金を見ることのないアヘンの黒いシステムの記憶を孕んでいる。彼女とその背後にいた男たちが東京の中空に完成させたものこそが、あのあまりにも巨大な「電波の綿菓子機」だったのだ。

 東京タワー。それが東京を覆う巨大な綿菓子機の正体だ。

 彼らが箸を持ち、東京の中空でそれを回せば、あっという間に箸には甘い綿菓子がついてくる。タワーの炉に、白くクリーンな砂糖を次々と注ぎ足しさえすれば、
「はい、あんたの番だよ」
「今度は、あんたの番だ」
と、男たちから男たちへ、利権の箸が手渡されていく。どれだけ手渡しても、綿菓子はどこまでも膨らみ、ついてくる。その綿菓子は、かつて大陸を狂わせたアヘンのように、昏く甘い香りを放っていた。


二、もう一度、ピアス・アパートに。

 上海の高級レジデンス、ピアス・アパートに、あの男装の女性は立っていた。
「いらっしゃいませ」
 女性は、やはり同じように挨拶をする。
「はい、わかりました。里見はまもなくやってきます」
 暗闇の奥から現れた阿片王・里見甫は、生々しい現金の代わりに、一枚の金属のプレート(引き換え証)をこちらに手渡す。
『これで、みんなすんだよ。あとは港にゆけばいい。軍人が手渡すよ』
 アヘンの巨額の取引は、これだけですべてが済み、誰も直接お金を見ることなく終わる。このノー・キャッシュの金融工作のシステムこそが、すべてのロンダリングの原点だった。
 この時、関東軍はもはや日本の軍隊であることを辞め、「アヘンという国」に仕える怪物へと変貌していた。1931年の柳条湖事件の際、東京の本省(大蔵省)から予算を凍結されかけた軍は、自らの暴走という意志を維持するために、国家のラチ外にある独自の秘密のサイフ━━アヘンの利権━━に頼ることにしたのだ。
 その意味では、関東軍はこの時を境に、実質的に「天皇の軍隊」を半ば辞めていたのだ。


 関東軍憲兵隊司令官であった東條英機は、のちに転勤で東京の陸軍省(本省)に戻る時、この上海のピアス・アパートに立ち寄った。
「おかげで、もう軍は自由に動ける」
「わたしは本省に帰るが……」
 東條がそう声をかけると、カウンターのあの女性から、ずっしりと重い風呂敷包みを手渡された。いまの価値に換算すれば、実に10億円に当たる裏資金と金塊だった。
『あなたは総理になるよ』
 里見甫の声が、部屋の奥の暗闇から不気味に響いた。

 一見、生真面目で官僚的で、昭和天皇への絶対の忠誠を誓うはずだった東條英機が、のちに首相となった後に国の統制を失い、破滅の開戦(変節)へと逸走していった。そのトバグチには、この10億円の風呂敷包みの呪縛があった。大金を受け取った瞬間、東條自身もまた、国家の官僚であることを忘れ、「アヘンという国」の共犯者(お先棒担ぎ)に成り下がったのだ。
 里見の声の通り、東條はのちに首相の椅子に座り、歴史のギロチンの刃を落とすことになる。


三、満州という夢の後先。

 その頃、満州国総務庁次長であった岸信介は、前田久吉と遊んでいた。大阪の夜の街の帝王であり、のちに日本電波塔の社長となる、あの満州炭鉱の前田久吉が遊びの相手だった。
 湯崗子(とうこうし)温泉での、あの馬鹿げた遊びの時間は、
「そろそろ満州に飽きてきた」
という岸の虫の知らせだった。岸は、自らの権力を中央(東京)へと戻す時期を、虎視眈々と探していたのだ。

「前田さん、東京に戻ったら大きな仕事をしましょう」
「あんたぁ、大阪か。大丈夫、仕事を作りますよ」

 満州の国策事業は、すべて天才官僚である岸の手はずによって生まれたものばかりで、前田久吉にしてみれば
「岸さんには、絶対に足を向けられないなあ」
という主従の状態だった。アヘンを兵器へと変換する満州の巨大な利権システムの中で、二人の怪物は、戦後の電波支配へと至る「悪魔の約束(居抜きの予約)」を、温泉地の密室であらかじめ交わしていたのだ。


 関東軍は軍費の相当部分をアヘンで賄うこととした。岸はその秘密金庫の管理(ロンダリング)をする興亜院(後の大東亜省)を設立し自らの配下であるエリート官僚のひとり、愛知揆一にまかせた。里見のアヘン・システム「宏済善堂」の金庫番の役目である。
「南京が墜ちても、大陸の戦争は終わらないじゃないか」
 昭和天皇の声は、あの歴史の深淵に響くうつろな声にすぎなかった。
 終わらない理由が川の水のように流れるアヘン・マネーだとは、誰も教えてくれなかった。

 陛下の手の中から、なぜ軍隊の統帥権が完全に消え落ち、戦争が泥沼化していったのか。
 それは、関東軍がもはや「天皇の軍」であることを辞め、独自の秘密のサイフを持った「アヘンの軍」になっていて自前の進軍を続けていたからだ。彼らは聖戦という美しい衣装をまといながら、その本意(裸の姿)では、アヘンの最高の一大生産地である「熱河省(ねっかしょう)」の麻薬利権を手に入れるために、狂信的に進軍していたとも言えるのだ。

「熱河省(ねっかしょう)」のアヘンに不足をきたすと、関東軍参謀部は次の立案をする。だが、それが芥子の種蒔機にあわせ進軍が練られていたという驚くべき分析も残されている。
「徐州、徐州と、人馬は進む〜」
 日野葦平の「麦と兵隊」という小説からはじまった戦時歌謡の真相は、実のところ「アヘンと兵隊」の様相を呈していた。

四、綿菓子機は回りはじめた。

 やがて、敗戦によって満州の夢は霧散した。

 あの不気味な帝国の夢が四散して飛び散る以前から、岸、東條、里見、前田は、前後して次々と紛れるように日本へと帰っていた。黒い龍は、残さず黒雲に巻かれるように大陸から消えていたのだ。
 しかし、数年経つと、戦後の日本社会の底流で、これら満州人脈の一時の不遇を押し返すような巨大なうねりが動きはじめる。
「日本に、大型の総合電波塔を建てようじゃないか」
「一本の塔で、全部のテレビ局の電波をまかなえるやつね」
 表向き、この提案は米軍(GHQ)による電波一元化の指導という、極めて衛生的でクリーンな動機からはじまったとされている。だが、この巨大な利権のラインを、一体誰に託すのか。正力松太郎か、岸信介か。

 戦後最大のメディア覇権を握るための巨大なタワーの建設の前に、当座の最大の難所は天文学的な「資金(金)の調達」だった。
 岸は「かつて満州で一番お金を動かした人」である阿片王・里見甫を想定したが、当の里見の表の財布はスッカラカンだった。そこで里見が指し示したのが、上海のアヘン密売で巨万の富を蓄え、その地下資金を巧みに戦後日本へと運び込んでいた青幇(ちんぽん)の首領、盛宣懐を祖とする「盛一族」の残滓だった。(「盛一族」は、後に建設されたタワーの真下、芝大門で高級中華「留園」を経営します)
 
「あの人なら、日本のためになると大義を言えば、やってくれるよ」
 と里見は提案はしたが、実際に繋いだのは児玉誉士夫される。

 岸は、資金のルートを押さえることで利権のラインを掴みきった。ここで児玉誉士夫が、そのラインの番人としての役割を担いはじめる。
 かつて中国大陸を狂わせたアヘンの金が、戦後日本の喉元へと還流をはじめた。
「仕切りは、児玉君にやらせよう。それでいんじゃないかな」
 里見と岸が敷いたレールの裏側で、児玉誉士夫が資金洗浄の実行役として真ん中で動きはじめる。盛一族へのパイプは児玉が務めると、入れ替わるように里見はこのスキームから外れて行く。やがて満州の温泉地で密約を交わした前田久吉が東京へと現れ、日本電波塔株式会社という「合法的な器」の旗振りをはじめる。

 最初に電波の振り分けでもめた正力は、アンテナの一番いい位置を占めることで折り合いをつけた。
 里見が示した「あの人なら…」という慧眼が、日本の電波の覇権をめぐる岸と正力の暗闘の行くへをいち早く決していた。「無私の男」里見が、岸を信頼していたとは到底、思えないのだが事業の意味は把握していたのだろう。里見甫という大きな器を経ることで、青幇の首領、盛一族は、重い腰を上げ動きだした。
 
 戦災により痛んだ「本堂の補修費用にさえ困り果てていた」増上寺に土地の売却を持ちかけ説得したのは、大阪からやってきた前田久吉の絶妙の采配だった。檀家総代の池貝庄太郎を動かすことが、言わば交渉の急所になった。寺側の意向を一息にまとめあげた。
「あの時は本当に困り果ていたんですよ」
 寺関係者の声として、執事長(しつじちょう)の当時の苦難を思い起こすような言葉が残されている。
 増上寺内の空いた土地を占拠していた無数の戦争被災者たちと交渉し、戦後はじめての大きな「地上げ」を成功させたのは児玉とその系列の仕事とされている。
 どちらも手早い資金の手当が功を奏して、次々と問題を解決していった。

 そうして昭和33年、あの芝公園に、オレンジ色に輝く東京タワーが忽然と姿を現したのだ。

 土地の手配が終わると、わずか1年5ヵ月の工期で鉄塔は完成する。鉄塔の完成で、東京を中心とした半径100kmの広いエリアへ電波を届けられるようになる。
 公式の言葉にすれば、「各テレビ放送局がバラバラに建てていた電波塔を1つに集約し、関東一円(半径100km圏内)への安定したテレビ・ラジオ電波の同時送信を可能にした」という記述がそれにあたる。


五、放射する夢、隠れる影。

 いま、東京タワーを見上げる小学生たちの無垢な瞳には、あの高度経済成長という名の「美しい衣装」とライトに浮かぶ端正な姿だけが映り、影は見えない。

 影がない、そうだろうか。ぼくには、誰も生々しいお金を見ることなく完了するアヘンの黒いシステム(いかがわしさ)の存在が、またも思い出させる。 
 ぼくが目を凝らせば、端正なスーツ姿の女性が蘇ってくる。
「お久しぶりでございます」
 幻聴のように声が届く。

 アヘンのシステムは、見事に新しく作り直されていた。その商品は電波という言わば「電子のアヘン」という不明なものに姿を変え、それは日々費やされ、振りまかれ、驚くほどの収益を上げることになって行く。

 電波は、完成のその日から切れ目なく配信されるのだが、同時に切れ目なく利権も発生することになる。「電子のアヘン」と名付けた右肩上がりの利権は、文字通り関東一円から発生し、岸と一緒に日増しに巨大化していった。

「巨大な一本の鉄塔で、すべての電波を配信する」
 岸が仕組んだ高効率の利権の歯車に、次々と満洲人脈の人々が集まってきた。
 日本電波塔の社長は前田に続き児玉が後押しし、後にフジ産経新聞やフジテレビを立ち上げた水野成夫が就任する。だが、それもやがて戦前の統制経済を指揮した鹿内信隆がすべての利権を剥ぎ取るように掌握することになる。

 鉄塔の完成は、戦後利権のはじめての完成形だったのかもしれない。

 東京タワーという巨大な「電波の綿菓子機」は、その後、スカイツリーが生まれる2012年まで満洲人脈を満足させ続けた。

 ここで少し全体を見てみよう。
 里見甫は、自分がアヘンに関わることについて聞かれると「軍人は貪欲だから」と答えている。
 軍人というエゴイズムが、アヘンがもたらす悪魔的な引力を手にすればまがりなりに動いている世間という器を見るまに割ってしまうだろう。そう予知していたような気がする。つまり、それは節度というものなのだ。

 岸は、戦後社会の中に軍人を思わせる破格のエゴイズムを持ち込んだ。電気の綿菓子機を盛大に回し、力の源泉にして行く。戦後社会の回転比に合わせるように綿菓子機は高速回転し、背広を着た「貪欲な軍人」は総理大臣まで上り詰める。
 それは節度を超えていなかっただろうか。岸の壮大なエゴイズムは、世間という器にどんな影響を与えただろうか。
 日本という世間が成長を続けることで岸の大きなエゴイズムは吸収され、さほどの破綻を見せることなく進んだように見える。
 だが、そうだろうか。ぼくには東京という都市が生み出す幸福の質感を変えて行った気がする。露悪なエゴイズムが横行する世間。それが、東京タワーに覆われた東京という都市の姿になっていった(出なければ良いのだが)。

 わたしたちが、彼らが東京の中空に完成させた「電波の綿菓子機」という圧倒的な仕掛けを見落とし、言葉の表面的なクリーンさや美しい建築物の造形に騙され続け、ただなんとなく通り過ぎているとしたら。東京の正義は沈下して行く、のかもしれない。目を見張らないと、
 そうしないと、あなたとあなたの立つ大地ごと、沼地のように沈みこんで行くだろう。
 だって、この戦後日本を照らし続けた電波の塔は、まぎれもなく、かつて中国の大地を泥沼に沈めた、あのアヘンの紫煙の中から建てられたものなのだから。

 ー了ー
0 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2026年10月
日 月 火 水 木 金 土
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031