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2024年05月11日15:08

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日陰の達人、闇夜の天才、その15

性技の達人、その3

 撮影スタジオに入ると荷物の搬入がある。筆者はそれが得意だし、嫌いではなかった。本格的に貧乏し食べられなくなっても、自分は引っ越し屋になれるから大丈夫だ、と、根拠のない自信を持っていたぐらいなのだ。実際、引っ越しも好きだった。気が付けば、大して親しくない人の引っ越しまで手伝うようになっていたぐらいなのだ。ゆえに、その日も、搬入に汗を流していた。
 ところが、性技の達人と言われる男は、いっさい搬入の手伝いはしなかった。力もなさそうなので、それはそれで良いのだが、その間、彼は、メイクされるモデルの女の子の傍らにいた。搬入に協力もしないで女の子と話をするような男が筆者は嫌いだった。しかし、荷物の搬入をしながら、彼の様子を見るかぎり、筆者の思うような男とは少し違っているということが分かった。彼は、女の子の機嫌をとるのに必死のようだったのだ。しかも、ところどころだが、筆者の耳に届いた彼の会話のほとんどは、スタッフの自慢話のようだったのだ。その中には、筆者の話もあった。どうやら、筆者は「剃毛の達人」で「官能詩人」と皆に呼ばれるほど美しい文章を書くらしい。彼と筆者はその日の朝に会ったばかりなのだ。確かに、その朝、編集者に「今日の撮影は剃毛して行きたいんで、奥田さん、いつものように頼みますよ」と、言われていた。ヘアーが解禁されていない時代だったので剃毛すれば、ギリギリまでスミ消しを小さく出来た。しかし、剃刀を女性の大切な部分に当てるのだから、不安に思われる。そこれで、誰かを剃毛のベテランということにしてモデルの女の子を安心させていたのだ。その男は、それを仕込んでいたのだ。
 カメラマンはもちろん、編集者のことも天才だと思う、と、彼は女の子に言っていた。性技の達人である自分の話をしている様子は、筆者の耳に届くかぎり、一度もなかった。
 準備が整うと、撮影がはじまる。最初は服を着たままの大人しいショット。カメラマンがモデルをおだてながらシャッターを切る。ストロボの充電音と光が現場の雰囲気を熱くして行く。カメラマンの指示で、ライトの位置を修正したり、小道具を探したり、ライトを移動したりしながら、筆者たちも、モデルをおだてる。ところが、そこには男はいなかった。肝心なところでサボタージュかよ、と、筆者は思い、少しイラついていた。すると、そのいない男が性技の達人と言われているのだということを編集者が語りはじめた。そんなことは知らないし、信じてもいないが、筆者もその話に乗る。そうした習性なのである。根拠などなくてもいいのだ。編集者が誘導した話題は意味など考えずに盛り上げる。それがエロ本の撮影というものなのだ。
 モデルが服を脱ぎ。ベッドに移動したところで、編集者は焦ったように男を捜しはじめ、呼びかける。そこに男が腰にタオルだけ巻いた姿で現れた。ペコペコと頭を下げながら「入念にシャワーを浴びていたから」と、言う。筆者は「見事」と、そう思った。自分は皆を褒める。自分のいない時間を作ってそこで自分を褒めさせる。そして、時間をかけてシャワーを使っていたことをアピールして、モデルの女の子を安心させたというわけなのだ。女の子が何より嫌うのは不衛生だったからだ。
 彼が撮影の中に入ると、今度は全員で女の子を褒めはじめる。良く出来た芝居なのだ。たいして打ち合わせをしたわけでもないのに、はじめて参加した筆者も矛盾なく芝居に参加出来てしまうようになっているのだ。完成度の高い即興演劇なのだ。
 筆者は言葉を担当するように仕向けられた、と、そう思ったので、男の舌が女の子に触れる前に、その耳に十分過ぎるほどに男の舌技の凄さを語っていた。そして、実際に、男の舌使いは下手ではなかった。下手ではないが、特別というほどのこともない、と、筆者にはそう見えた。しかし、肝心なのは女の子なのだ。女の子にとって、それは特別な技術に思えたようだった。
 あまりの歓喜に「オシッコが漏れちゃうから」と、そう叫ぶほどになったところで、その男は「大丈夫、彼はオシッコが大好きだから、オシッコしている最中も舐めてくれるんだよ」と、言った。そんなことは知らない。オシッコをした後のそこを舐めたこともなかった。しかし、そう言われたからには、それに従うしかない。お漏らしが嫌だと思われたら、女の子が醒めてしまうかもしれないからだ。
 顔にオシッコをかけられながら、筆者は必死にそこを舐める。その横には巨大なバイブレーターが並べられていた。それこそが、その日の撮影のメインなのだ。そんなものが入るのだろうか、と、そう思われるような巨大なそれを挿入することで、読者の性が刺激されるのだ。
 筆者が女の子の下半身から離れると、それが挿入されて行く。その瞬間、性技の達人と言われる男が筆者の肩を軽く叩いた。振り返ると、女の子には気づかれぬように配慮しながら、片手で「すまない」と、合図したかと思うと、バスルームのある方を指で示した。
 こっそりと現場を抜けて顔を洗い口をゆすぐ時間を筆者に作ってくれたのだ。
 もちろん、筆者が抜けたことなどモデルの女の子には気づかせないつもりなのだろうし、気づかせない自信が彼にはあるのだろう。
 なるほど、これは達人かもしれない、と、筆者は、その時、ようやくに、そう思ったのだった。
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