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2022年06月29日17:25

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官能懐古、その1


 懐古する人が嫌いだった。そんなに昔ばかりが良かったはずがない、と、そう思っていた。しかし、こんな年齢になると懐古ばかりしている。どこまで戻りたいのか分からないが、昔に戻りたいと考えてばかりいる。自分が若くなりたいのではない。あの時代をもう一度見たいのだ。もう一度やり直したいというのとも違う。ただ、見たいのだ。
 戦後すぐにマニア小説雑誌は刊行されることになる。そんな余裕がどこにあったのか分からない。傷も癒えない内に、もう、ポルノなのか、と、感心させられる。飢えてなお性を求める人がいたのかもしれない。
 筆者は、さすがに、その時代の様子までは知らない。筆者がマニア世界に関わったのは、もう少し後のことになる。しかし、その痕跡はあちらこちらに残っていた。そこで、一つ考えたことがある。あの時代のポルノ小説は、どうして、あんなにも文学をしていたのか、と、そうした問題についてだ。今と比べれば情報は極端に少なかったはずなのだ。先人たちもいなかったはずなのだ。何しろ戦争でそれどころではなかったはずなのだから。
 それなのに、あの頃の雑誌を見ると、三文ポルノと気楽には言えないようなものが多くあるのだ。
 その理由の一つに、貧乏があったのではないかと筆者は思っている。ようするに、メジャーの小説が売れていないのだ。売れないとなれば、作家は食べるために売れるものを作らなければならない、それがポルノだったのではないだろうか。つまりは、文学作品を書ける作家が食べるためにポルノ小説を書いていたのだと思うわけだ。そうなると、もう、ポルノと呼んでいいようなものにはならない。まさに、安価だが、ポルノ小説ではなく官能小説の出来上がりというわけなのだ。安いがプロはプロなので、本格的な小説だったのかもしれないのだ。
 筆者がいくつかのマイナー出版社と関わった頃、実際、そうした話をそこの社長から聞かされたことが何度となくあった。今は、メジャーで活躍するあの作家がこの雑誌に偽名で書いていたのだ、と、そんな話だった。
 ところが、こんな話は聞かなかった。メジャーの作家が食べるためではなく、ただ、性的趣向を満足させるために書いていた、と、そうした話だ。そんなこともあったと思うのだが、一度も聞いたことがなかった。
 しかし、ちょっと想像してみてもらいたいのだ。今、活躍しているメジャーの作家たちのことを。思いつく十人の作家を選んでみてもらいたい、そして、もし、その人たちが同じ雑誌にそれぞれ偽名で三文ポルノを書いたとしたら、その雑誌はどうなるだろうか。そんなものが、つまらない雑誌になるはずがない。三文という価値になるわけもない。
 今、人気の作家たちが貧乏になれ、と、そんなことは思わないが、せめて、一度ぐらい遊び心で、三文ポルノ雑誌を作ってくれないだろうか。無理に決まっている。しかし、その無理が通った時代があったのかもしれないのだ。見たいのだ。そんな時代を、見るだけでいい、見たいのだ。
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