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2019年06月27日00:59

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エロ本を作っていた、その4

 昭和が終わろうとしていた頃、まだ、日本の景気は悪くなかった。しかし、日本の景気が悪くないだけにエロ産業の景気には陰りがあった。儲けたお金でエロ産業に参入する人たちが増えていたからだ。ビデオ、ビニ本、マニア雑誌、マニアサークル、そして、性風俗産業にも、素人の参入者が増え、決して大きくはないエロのマーケットは生き残りを賭けた熾烈な争いの場となってしまっていたのである。
 そんな、まだ、日本が好景気の一方で筆者は貧乏で暗く寂しくエロ本を作っていた。
 エロ本関係者も、投資などで儲ける人が増えていた。ゆえに、エロ本関係者の中には、まるでエロ本は遊びで、ビジネスは投資と、そんな人までいた。いや、珍しくもなかった。投資で儲けたお金で高級車に乗り、エロ本の赤字など気にする様子さえないような人たち。
 その一方で、筆者は、繁華街の外れの汚れた野蛮な街の、さらにその片隅のボロマンションの一室でエロ本を作っていたのだ。窓もない暗い部屋。深夜には外で怒号が飛び交うのが聞こえた部屋。撮影では愛らしい女の子の羞恥を見つめ、その新鮮な肌に触れたりしていながら、深夜には、ただ、薄汚れた空気の中で、紙とばかり格闘していた。撮影やその打ち上げ、モデルを口説くのに高級な物を食べたり飲んだりする一方で、過酷な作業の現場では十円の金さえ節約していた。撮影がなければ常に空腹だった。食事代を惜しんで、それを節約して撮影経費に上乗せしていたからだ。おかしな贅沢、不思議な貧乏だった。
 繁華街の外れのチェーン店の喫茶店の多くは二十四時間営業だった。あまりにネタにつまったり、鬱々として暗くなり過ぎると、まったく別の普段は険悪な雰囲気で仕事をしている狭い部屋にいる他人の編集者とお茶を飲みに行った。
「行き詰まった。経費こっち持ちでコーヒーでも行きませんか。一時間ぐらい」
 たいてい、誘いに乗って来る。コーヒーが飲みたいのだ。喫茶店のコーヒーが飲みたいのだ。そうしないと、狭い部屋に他人と一緒にいて、窒息死してしまいそうになるからだった。実際、筆者もそうして誘われたら断らなかった。どんなに忙しくても断らないのだ。断れば自分が苦しいときに無視されてしまうからなのだ。
 深夜の喫茶店には怪しい男と女しかいない。たまに普通の人がいても、その人は酔っぱらっているか疲れて寝ているかだった。あまりにも雰囲気が怪しいので、何の話をしていても自由なところがあった。エロ話はもちろん、SМでも、スカトロでも、性犯罪の計画をしていたとしても平気だった。
「こんなこと、いつまでやっているつもりなの」
 そんな質問をされたことがあった。筆者は「どうしても作りたい本があるので、それが出来るまではやりたい」と、そう答えた。相手は「似たようなものか」と、言った。もともと、作る本もマニア性も違う他人の編集者、話がはずむはずもない。ときどき、政治の話になったり、歴史の話になって話がはずむことはあったが、仕事の話、エロの話、文学の話で盛り上がったことは一度もなかった。
 暗く、モテるはずのないエロ本屋が二人。ほとんど口を付けないまま冷たくなったホットコーヒーの前で、ただ、沈黙している。それなら狭い作業部屋でコーヒーを飲んでも同じだろうと思うが違っていたのだ。
 誰に理解されることもなく、誰に褒められることもない、軽蔑され、叱られ、その上、儲かりもしないエロ本作り。しかし、それに拘るのは自分だけではない、と、その安心感を持ちたかったのだ。バカは分かっていた。バカは分かっていたが、バカは自分だけではない、と、そう確認しておきたかったのだ。
 脆弱で愚かで貧乏な人たちが、こっそりと肩を寄せ合ってエロ本を作っていたのだ。違う夢を見ながら、異なる敵と闘いながら、相手が危機になれば黙って立ち去るし、相手が成功してもそのおこぼれをもらおうともしない。こっそりと肩を寄せるだけの赤の他人。
 暗くて愚かで貧乏だからこそ、筆者はその中でエロ本を作ることに興奮していたのかもしれない。
 景気のいい日本の陰で、勝手に貧乏しながら昭和が終わろうとするあの頃、筆者はそこでエロ本を作っていたのだ。華々しい表舞台とは無縁な場所。そんなところで作られていたものこそが、まさに、昭和のエロだったのである。

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