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2019年06月23日00:58

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エロ本を作っていた、その1

 昭和が終わろうとしていたとき、筆者はエロ本を作っていた。池袋東口から十五分は歩いただろうか。オフィス街とも住宅街とも言えないような街の一角の、後、数年で壊すのだろうと思われるビルの四階という中途半端な高さの部屋で筆者たちはエロ本を作っていた。
 一緒にエロ本を作っていた男は昼間はパチンコか競馬、夜は雀荘にいた。会社に出て来ることはほとんどなかった。作っていたのは詐欺とは言わないが、それに近いようなSМ交際誌だった。投稿のほとんどは男性で、女性投稿者のほとんどは嘘だった。その嘘を作るのが筆者の主な仕事となった。お金がもらえるとは思えなかった。踏み倒されると思っていた。それでも仕事をしたのは、その時、筆者はSМクラブとのトラブルで、仕事を干されていたからだった。同情されるが相手にはしてもらなかった。業界としては筆者の一人ぐらいが抜けたところで痛くも痒くもなかったからだ。
 トラブルが原因でアパートには帰ることが出来なかった。しかし、ホテルに寝泊り出来るほどの余裕もなかった。だいたいホテルも危険なのだ。
 そこで知り合いの知り合いの他人のような関係のその男の会社に泊まり込みで仕事をさせてもらうことになったのだ。まだ、ワープロさえ使っていない頃の話だ。手書きで女性の交際希望の手記を捏造する。二十四時間、何通も何通も書く。どれだけ書いても仕事は終わらなかった。売れているとは思えないような雑誌なのだが、数年続いているようなので驚かされた。交際希望が書き終わると、読者投稿手記などを書くことになる。二十四時間それを書いているのだ。書く、食べる、寝る、寝るといってもベッドも布団もない。ソファーで仮眠して、また、書く。書いていると男がふらりとやって来て、焼肉弁当などを差し入れてくれた。牛丼とかコンビニとかオリジンのそれではない。焼き肉屋の焼肉弁当なのだから、これは美味かった。それがエビフライだったりもした。もちろん、何もないときもある。つまりは、男が麻雀で勝てば弁当が豪華になったのだ。そして、筆者の知るかぎり、男はかなり勝ちが多かった。いっそギャンブラーで食べて行けるのではないかと筆者には思えた。それほど男は強かった。
 たまに、男の愛人だと言う若い女が会社に来て、経理をやっていた。会社に来るのは男とその女ぐらいだった。女はときどき、筆者に、今月は五万しか払えない、大丈夫、と、尋ねたりする。五万円では滞納しているアパートの家賃を払ってそれで終わりだった。それでも、三か月頑張った。SМクラブとのトラブルは、いちおうの解決をみた。しかし、仕事には復帰出来そうになかった。
 そんなとき、男がポジフィルムを筆者に渡し、これで、ビニ本を一冊作れ、と、そう言った。写っているのは、経理の女だ。しかも、毛深いアソコに咥え込んでいるのは、その男のそれだ。そして、オシッコ、野外露出、今からすれば大した写真ではないが、その頃の日本では過激なものだった。
 それを三十数ページの写真集にする。写真集をビニールに包んでビニ本なのだ。薄い消しを入れる。オシッコの穴が少し見える奇妙な消し方を指定する。この指定は難しいのだ。ゆえに、その写真はコピーで拡大する。拡大したその部分にペンで修正を入れて、削り方を指定する。コピーの中でオシッコしている女が、目の前で電卓を叩いているのだ。二人の間に何があったのか。男は何者で女は何者なのか、いっさい分からなかった。
 仕事の復帰先が決まり、男の会社を出ることを決めた頃、経理の女のビニ本が販売された。
 男は筆者が一度、帰宅し、別な会社の仕事をはじめると言った次の日の朝まだ暗い時間に、ふらりと会社にやって来た。経理の女が来るとしても、午後になる。筆者は経理の女と入れ替わりに会社を出るつもりでいたので驚いた。
「あれ、売れたよ。ご苦労な。また、いつか頼むよ、ビニ本。あと、マニア雑誌も新たに作るつもりだから協力してくれよ」
 そう言って、ポンと封筒を投げて寄こした。
「三十万円。それで今回は勘弁な。次回は、もっと色つけるからよ。まあ、安いけどよ。その代わり領収書は要らないから」
 そう言いながら、いつもなら、経理でビニ本のモデルの女が座っている椅子にドカンと座り「帰っていいぞ」と、言った。
 筆者はお礼を言って会社を出た。禁錮三か月といったところか、と、外に出て思った。
 それから半年が過ぎた頃、ふと、思い出して男の会社に電話をしたのだが、電話は使われていなかった。男の消息を知る者もいなかった。昭和の終わりのエロ本とはそうした本だったのだ。
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