本当は2000年11月に所沢ミューズで観るはずだった。しかし新コロ騒動で中止になってしまった。それが三年経って同じホールで実現の運びとなった。よかったよかった。
ぼくはピアニストに詳しいわけでもなければクラシックのコアなファンというわけでもない。それでも一も二もなくこの人のステージを観たいと思ったのは、例によって村上春樹さんのせいだ。『意味がなければスイングはない』で、このノルウェイのピアニストのシューベルトのピアノ・ソナタの演奏について、こう書いている。
「若々しく、ギャラントであり、すぐれて情感的であるが、大時代な要素は注意深く丁寧により分けられ、排除されている。何よりも流れの筋が良い。全体の音楽的スケールは大きいが、門構えはコンパクトに抑えられている。そのへんの設定に、このピアニストの聡明さを感じないわけにはいかない」
村上さんがこれほど絶賛するピアニストの演奏を逃すわけにはいかない。5列目という観やすい席で堪能した。プログラムは以下のとおり。
・シューベルト：ピアノ・ソナタ第14番 イ短調 D784
・ドヴォルジャーク：《詩的な音画》op.85より
・ベートーヴェン：ピアノ・ソナタ第８番 ハ短調 op.13《悲愴》
・ブラームス：《７つの幻想曲》op.116
ちなみに三年前に予定されていたプログラムは以下のとおり。
・モーツァルト：幻想曲 ハ短調 K.475
・ベートーヴェン：ピアノ・ソナタ第8番 ハ短調 op.13「悲愴」
・バルトーク：3つのブルレスク Sz.47
・シューマン：謝肉祭（全20曲）op.9 ほか
「謝肉祭」は村上さんの短編小説のタイトルにもなっている曲なので生で聴いてみたかったが、今回はプログラムされていなかった。残念。
冒頭で書いたとおり、ぼくはピアニストにもクラシックにも詳しくない。楽譜も読めないし、世界的なピアニストの生演奏を聴くのも初めてだ。だから今回のシューベルトのピアノ・ソナタの出来がどうなのか、判断はつかない。若々しくギャラントなのか、すぐれて情感的なのか、大時代な要素は注意深く丁寧により分けられて排除されているのか、正直分からない。
でも、早弾きのところでも一つひとつの音がクリアで澱みなく流れていたことは分かった。そして村上さんが本に書くほどの演奏者の該当曲を聞けた満足感は大きい。
演奏が終わり、奏者が一礼して舞台を去る。カーテンコール。奏者が登場し、一礼し、舞台を去る。カーテンコールは鳴り止まない。奏者が再び登場し、一礼し、舞台を去る。それでもカーテンコールは鳴り止まない。奏者が三たび登場し、アンコールを一曲演奏する。
何とこのパターンが三度繰り返された。アンコールで演奏された曲目は以下のとおり。
・ドヴォルジャーク：《詩的な音画》op.85より �現佞硫�
・ショパン：マズルカ op33-2 op17-4
・グリーグ：抒情小品集 第5集 ノルウェーの農民行進曲 op.54-2
観客の情熱にもレイフ・オヴェ・アンスネスさんのサービス精神にも感激した体験だった。
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