mixiユーザー(id:35851342)

2022年11月28日08:20

103 view

満身創痍の舞台『ショウ・マスト・ゴー・オン』を観劇

 一度開いた舞台は最後までやり通さなければならない、という物語の群像劇。三谷幸喜さんの東京サンシャインボーイズ時代の名作舞台の再演を妻と二人で観劇した。場所は世田谷パブリックシアター。
 初日を翌日に控えたゲネプロの最中、出演者の一人小林隆さんが左足ふくらはぎの肉離れを起こすという大アクシデントが発生した。物語そのままに、スタッフ一同、この舞台を最後までやり通すことができるのか、そもそも翌日から開演できるのかという苦境に立たされたとき、三谷さん自身が立ち上がった。最初の福岡公演、翌週の京都公演で小林さんの代役を買って出たのだ。なんという素晴らしい演劇人魂だろう。
『ショウ・マスト・ゴー・オン』。東京サンシャインボーイズの舞台はDVDでたぶん五回ぐらい見ている。初めて見たときの驚きと感動は言葉ではいい尽くせないほど大きい。学生時代にこの舞台を客席で体験していたら、おそらくぼくは脚本家を目指していただろう。それが二十八年ぶりに再演される。シスカンパニーのサイトで最初にそのニュースを見た瞬間、カッと頭に血がのぼり、絶対にチケット争奪戦に勝利すると誓った。
 ぼくの並々ならぬ熱意が天に通じたのか、ネットでのチケット争奪戦には最高のかたちで勝利した。前から六列目のまんなかの席に当選したのだ。コンビニで発券して座席を確認したときには立ちくらみを覚えた。こうなったらぜったいに体調不良などに陥ってはならない。妻とぼくは観劇の日まではぜったいにコロナ感染しないように気持ちを引き締めた。
 コロナ感染の心配はぼくたちだけではない。舞台のキャストやスタッフから感染者が出ても中止になってしまう可能性がある。ぼくは毎日舞台の特設サイトを閲覧し、新しいインフォメーションが更新されていないかとドキドキしながら確認した。観劇の日が近づくに連れてコロナ感染第八波が拡大していき、なんとタイミングが悪いことかと心配は大きかった。
 心配は的中した。ぼくたちは昨日の日曜日に観る予定だったのだが、直前の金曜日に新しいインフォメーションが更新されてしまったのだ。
「『あずさ役』のシルビア・グラブが体調不良のため、本日11月25日(金)の出演を見合わせることになりました。つきましては、本日の同役は、三谷幸喜が代役を務めさせていただきます」
 絶句した。体調不良って、コロナでは……。だとしたら、関係者に感染している可能性は大いにあり、金曜日は三谷さんの代役でしのいだとしても、土曜以降の公演は幕が開かないのではないか? そのニュースを見て以降、ぼくは気が気ではなくなってしまった。それからは三時間おきぐらいにサイトをチェックした。
 新しいインフォメーションは土曜日の午前十一時ごろに更新された。
「体調不良のため、11月25日(金)公演への出演を見合わせましたシルビア・グラブですが、休養の結果、出演可能な体調まで完全に復調いたしました。つきましては、本日11月26日(土)の公演より復帰することになりましたので、この書面にてご報告申し上げます」
 心のなかでガッツポーズをした。コロナではなかったようだ。じつは半分あきらめており、ランチを予約していた三軒茶屋の壱語屋(焼肉屋)にキャンセルの連絡を入れなければと考えていたほどだった。
 だが、心配が完全に解消されたわけではなかった。なにしろ七月には舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』が開場してから中止が決まるということがあった。幕が開く瞬間まで気が抜けない。
 心配は的中した。日曜日、会場に入り、着席し、上演開始時間になり、BGMが鳴りやんで、ついに幕が開くと確信したときだった。五分待っても始まらず、何かあったのかと嫌な予感が走ったとき、舞台袖から女性の演出家が出てきて言った。
「バッテリートラブルが発生し、一瞬停電になりました。ただ今チェックをしており、十分ほどかかります」
 どこまで受難続きの舞台なのだろうか。全身の力がスーッと抜けた。しかしぼうぜんとしていると、舞台袖から今度は三谷さんが登場。大きな拍手のあと、三谷さんは言った。
「いろいろあります」
 ドッとウケた。三谷さんは続けた。
「何事もなかったように進めましょう。開演です!」
 気が重くなっていたぼくは三谷さんの登場で前向きになれた。結局十五分ほど遅れて幕が開いたのだが、舞台が始まったとき、もうそれだけで感慨深かった。
 観客全員が同じ気持ちだったと思う。終わったときの拍手はキャストだけでなく裏方の人たちまで含めた、舞台関係者全員への感謝だった。ぼくにはそう響いた。拍手は大きく、三回のカーテンコールのあとも鳴りやまなかった。
 すると再び三谷さんが登場。
「こんな感じでやってます。規制退場にご協力ください。本日はありがとうございました」
 と締めくくった。
 舞台そのものは、「ああ、(DVDで観た)あのセリフを変えてしまったのか」と気づいてしまうことが何度かあった。カドが取れ、薄味になっていた。しかし充実した舞台であることに変わりはなかった。
 鈴木京香さんを初めて観られた喜びも大きい。じつは二十二年前、三谷さんの『巌流島』という舞台で京香さんを観られるはずだったのだが、脚本の完成が遅かったために初日が延期されてチケットが無駄になったことがある。
 いろいろあったが、素晴らしいひとときだった。
0 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する