ミケランジェロ・アントニオーニ初期5作を集めた特集上映「ミケランジェロ・アントニオーニ レトロスペクティヴ 愛の不毛、彷徨える魂」として劇場公開されたので、観ていなかった作品を鑑賞。本作は1953年の長編2作目。2K修復版を観る。
パリ、ローマ、ロンドンの三都市で若者たちが引き起こす犯罪事件を描いた群像劇のオムニバス。金銭欲や虚栄心、退屈さから殺人や密輸に手を染める青年たちの姿を通じて、戦後社会に広がる精神的空白と価値観の揺らぎを浮かび上がらせる。犯罪の背景にある疎外感や無気力に焦点を当て、人間の内面を冷静に見つめる視線は、その後のアントニオーニ作品へとつながる重要な特徴となっている。(HPより引用)
冒頭、ナレーションとともに数々の新聞記事が映し出され、決して貧しいわけでもない中流階級の若者たちの自己顕示欲や虚栄心からの愚かな犯罪が語られる。最初はフランスの若者たち。地方の田舎に小旅行するパリの少年少女たちが描かれる。ジョルジュとアンドレは父親の銃を盗み、いつも金持ちを自慢しているピエールを殺して所持金を盗む計画を立てる。田舎での少年少女たちの集団の描き方が面白い。列車を降りて、草むらを少年少女たちが思い思いに歩き始める。グライダーが彼らのすぐ上を低空飛行して着地する場面もハッとさせられる。アンドレのガールフレンドのシモーヌはピエールと二人きりで歩き、アリバイ作りのためピエールに「自分はアメリカに渡る」と両親に手紙を書かせる。そして廃墟の城でピエールと二人きりになったアンドレは、ピエールを銃で撃ち殺し、持っていた金を盗もうとする。しかしそれは偽札ばかりだった。幼稚で愚かな犯罪。家に帰って父親と出頭するアンドレ。兄のジョルジュは「俺はやってない」と言い逃れをするのだった。
第二話はイタリア編。ローマで密輸商売で秘かに金を稼いでいる裕福な家庭の息子クラウディオ。夜に川で荷物の積み下ろしをしている最中に警察に捕まりそうになり、クラウディオだけが一人で逃げる。逃走中に人を殺し、高い所から飛び降りて怪我をする。そして恋人のマリーナに助けを求める。マリーナも裕福な家庭の女の子。夜遅くなっても息子が帰ってこないので、心配した父親は警察に相談。マリーナにも連絡があった。人を殺したことを告白し、マリーナと一緒に車で逃げようとするクラウディオだったが、怪我を心配したマリーナは彼を病院へ連れていく。病院前から一人逃げて自宅に帰ったクラウディオ。警察がやって来て両親は息子の犯罪に驚く。そしてクラウディオは自宅のベッドであっさり死んでしまう。
第三話はイギリス編。これが一番面白い。「自称詩人」の男は、女性の死体を発見したと新聞社にネタを売り込んでくる。その死体発見の記事を書いて新聞に載ったことを意中の女性に自慢するが、女性はその男の相手をしない。付きまとう男に不快さすら感じている。思ったほど反響がなかったことで、「自称詩人」はさらに注目してもらおうと、自分が死体を発見したのは「四日前」で、実は自分が絞殺した犯人だと記者に告白する。ただの狂言かと思われたが、発見時に女性の顔は腐乱していたのに、「顔が白かった」と言っていたことなど不自然な供述が明らかになり、警察は容疑者とし、裁判となる。映画館で一緒になった女と公園を歩き、自ら首を絞めて殺した場面が回想で明らかになる。人を殺したことに罪の意識をまったく感じず、「地道な仕事などしたくない、自分には才能があり認められるべきなのだ」と考える自己顕示欲ばかりが強い男。社会が豊かになってきた時代の中での自己承認欲求だ。
貧困や格差といった社会的現実から生まれた犯罪ではなく、虚栄心や自己承認欲求など個人の内面から生まれた若者たちの犯罪。いずれも幼稚で稚拙な犯罪であるのだが、どこか満たされぬ心の空洞が描かれている。そんな病んだ少年たちに関心を寄せるミケランジェロ・アントニオーニは、後に満たされぬ空白を抱えて彷徨う男や女を描いていくことになる。
1953年製作/114分/イタリア
原題または英題:I vinti
配給:ザジフィルムズ
監督・原案:ミケランジェロ・アントニオーニ
脚本:ミケランジェロ・アントニオーニ、スーゾ・チェッキ・ダミーコ、ジョルジョ・バッサーニ
撮影:エンツォ・セラフィン
音楽:ジョバンニ・フスコ
キャスト:エチカ・シューロー、ジャン=ピエール・モッキー、フランコ・インテルレンギ
☆☆☆3
写真引用1953 (c) Film Costellazione
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