ミケランジェロ・アントニオーニ初期5作を集めた特集上映「ミケランジェロ・アントニオーニ レトロスペクティヴ 愛の不毛、彷徨える魂」より、観ていなかった作品を鑑賞。『女と殺意』は1950年のミケランジェロ・アントニオーニの長編デビュー作。4K修復版で劇場初公開。
今回未見だった3作品を観たが、これが一番面白かった。探偵が登場するフィルム・ノワール的スタイルをとりながら、過去の男と女の間に横たわっていた空白、そして下層階級から上流階級に女が移行したことで、男と隔たる現在の二人の距離感、愛と罪の反復が描かれる。
ミラノの富裕な実業家エンリコ・フォンターナ(フェルディナンド・サルミ)が、妻の昔の写真を見て、フェッラーラ出身の若妻パオラ(ルチア・ボゼー)の過去について探偵(ジーノ・ロッシ)に調べさせるところから物語は始まる。結婚する前の妻の過去、漠然とした嫉妬。自分たちの過去を探る不審な男の存在を知って、学生時代のパオラの恋人グイド(マッシモ・ジロッティ)が、7年ぶりにパオラの前に姿を現す。美しく着飾った若妻パラオは、エンリコ周辺の富裕層たちにとっても注目の的。夫も自慢の妻であるが、グイドの姿を見かけたパオラは、その夜、気分が悪いと言って急遽帰宅する。そしてグイドから電話があり、二人は翌日再会する。誰もいない水辺の公園(写真)が印象的だ。水上飛行機の発着場らしいのだが、茫漠とした空間の広がりが、二人の心の空白を象徴するようだ。まさにアントニオーニ的風景。
二人の過去には秘密があった。パオラの女友達が、エレベーター事故で死んだのだ。その女友達はグイドの婚約者だった。そして、そのエレベーター事故の現場にいたのがパオラとグイドだった。直接手を下して突き落としたわけではないが、彼女が今にも落ちそうな危険な状況にあることを認識しながらも、あえて警告せずに見殺しにしたのだ。パオラとグイドはお互いに好意を抱き、婚約者の女性が邪魔だった。偶然の事故なのだが、二人には「内なる殺意」があり、その罪悪感も抱えていた。パオラはその後、グイドと離れ、ミラノの金持ちの実業家と結婚し、贅沢な暮らしを送っていた。
一方、グイドは自動車セールスマンをしているが、ミラノに留まるのもパオラに会うのも金がなくて困っていた。下層階級から上層階級へとステップアップしたのは、『女ともだち』(1955)のミラノの高級洋装店を任されるクレリア(エレオノラ・ロッシ=ドラゴ)と同じである。その中でも下層階級の男との愛が描かれていた。本作でも愛の間に横たわる階級差が描かれ、パオラはグイドのために、夫に頼んで車を買ってもらおうとする。
夫のエンリコが高級車マセラティを試乗する誰もいない道のロケーションも印象的な風景だ。夫が猛スピードで試乗している間も、パオラとグイドの恋は再燃し、愛を確かめ合っている二人。試乗した車が「戻ってくる」と言って外に出ると、エンリコが試乗する車の前を犬が横切り、それを避けて危うく事故になりかける。エンリコは「こんなに凄い加速をする車、怖くて妻には乗せられない」と言って、マセラティを買う話はナシになる。夫が事故に遭いそうな場面は、過去の女友達の事故死の反復を予感させる。そして二人は今度は本当に夫殺害を計画するのだ。
夫から別の車をプレゼントされたパオラは、その車に乗って付いてくる探偵の尾行をまき、グイドの部屋に会いに来る。もう離れられなくなっている二人。戦争で銃の腕前に自信のあるグイドは、車を運転するエンリコを狙うことにする。橋の上からエンリコの車を狙うグイドと犯罪への躊躇を示すパオラが殺害について話す場面、その長回しの移動とパンを用いた緊張感のあるショットが素晴らしい。二人の距離感が露わになる。『女ともだち』のクレリアと同じように、パオラは贅沢な富裕層の暮らしを捨てて、グイドとの貧しい愛の生活を選べない。そして夫エンリコは、探偵からの調査報告を見て、妻の過去と現在を知ってショックを受ける。そしてグイドが待ち構える橋より手前で運転操作を誤り、自ら車ごと崖下へ転落して死亡してしまうのだ。またしても殺意はあったものの実行されずに事故死という反復が行われる。罪悪感と混乱と恐怖。結局、グイドはパオラを置いて街を去っていくのだった。
物語として面白いし、単なる愛の犯罪映画にしているのではなく、何もしないままに二人の愛の距離が露わになっていくのだ。グイドへの愛を渇望しつつも、今の生活を捨てられないパオラの矛盾。失踪、不在、死を通じた二人の関係。女友達が事故死して不在になったことで変質していく二人の関係。その空白と距離。『女ともだち』でも、女友達は自殺して不在になるし、後の傑作『情事』(1960)でも、島に渡って一人の女が失踪して消えてしまう。その女の婚約者の男と不在の女を媒介にして、また別の女との愛が描かれる。不在を介した愛の反復。その愛には空疎な茫洋たる風景ばかりが広がっている。アントニオーニの空漠たる風景には、関係の空虚さとともに不在としての死が横たわっているのかもしれない。
1950年製作/103分/イタリア
原題または英題:Cronaca di un amore
配給:ザジフィルムズ
劇場公開日:2026年8月15日
監督・原案:ミケランジェロ・アントニオーニ
製作:フランコ・ビラーニ
脚本:ミケランジェロ・アントニオーニ、ダニエル・ダンツァ、シルビオ・ジオバネッティ、フランチェスコ・マゼッリ、ピエロ・テッリーニ
撮影:エンツォ・セラフィン
音楽:ジョバンニ・フスコ
キャスト:ルチア・ボゼー、マッシモ・ジロッティ、ジーノ・ロッシ、フェルディナンド・サルミ
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写真引用(c) 1950 Fincine /Villlani F. Torino – Surf Film s.r.l. All Rights Reserved
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