ずっと見たかったオーソン・ウェルズ作品。アマプラにて鑑賞。リタ・ヘイワースの美しき悪女ぶり。ラスト、オーソン・ウェルズ演じるマイクが気を失って目覚めた休園中のチャイナ遊園地のクレイジーハウスの中の異様な世界。まさに迷宮に迷い込んだような奇妙
映画史に残る傑作『市民ケーン』(1941)を25歳の初監督作品で撮ってしまったオーソン・ウェルズ。その第2作がこの『偉大なるアンバーソン家の人々』(1942)だ。『市民ケーン』は新聞王の栄光と死に至るまでの生涯を描いた作品だが、本作も19世紀末から20
1951年ニコラス・レイ作品。同じニコラス・レイの邦題が似ているハンフリー・ボガート主演の『孤独な場所で』(1950)と混同されがちだが、こちらはロバート・ライアン演じるニューヨーク市警の殺人課刑事ジムと郊外の山中の静かな一軒家で暮らす目が不自由な
ニコラス・レイの1948年の初監督作品。フィルム・ノワールの傑作であり、以前に見たのだが久しぶりに見直すことができた。アマプラにて鑑賞。原作のエドワード・アンダーソンが1937年に発表した『夜の人々』(新潮文庫)も最近、本屋で見つけて読んでおり、こ
フリッツ・ラングの西部劇。ジェシー・ジェームズの半生を描いた『地獄への道』の続編、1940年のカラー作品。フリッツ・ラング的なテーマである復讐の物語であるが、復讐は自らの手で成し遂げられない。なんともスッキリしない復讐劇だ。弟ジェシーと共に西部
フリッツ・ラングの『仕組まれた罠』(1954)がレールを疾走する機関車に人生の運命や欲望を象徴させていたように、本作は船や港が舞台であり、冒頭から岩に砕け散る波しぶきが映し出され、それは度々描写される。その波しぶきそのものが人間の欲望であり、運
見ているうちに、どっかで見たことがあるストーリーだなと思ったら、ジャン・ルノアールの『獣人』(1938)のフリッツ・ラングによる1954年のリメイク作品だった。原作はエミール・ゾラの『獣人 愛と殺人の鉄道物語』という小説で、「疾走する蒸気機関車と人
『復讐は俺に任せろ』という日本語タイトルがついているだけあって、フリッツ・ラング的な復讐劇である。しかし、1950年代ハリウッド映画においては、「ヘイズ・コード」と呼ばれる道徳的倫理的な基準があり、「不倫や性的関係」や「犯罪」に関して、それらを
映画のほとんどの場面が列車の中というリチャード・フライシャーのB級映画のフィルム・ノワールの傑作『その女を殺せ』をようやく見ることができた。全く無駄のない71分。リチャード・フライシャーという監督の実力をハッキリと実感できる素晴らしい作品だ。
ミッキー・スピレイン原作の探偵小説マイク・ハマーシリーズの『燃える接吻を』(1952年発表)を映画化した作品。1955年ロバート・アルドリッチによるフィルム・ノワール。ゴダールやトリュフォーなどヌーヴェルヴァーグの映画監督たちに多くの影響を与えたと
トルコからの移民の両親のもとでドイツ・ハンブルグで生まれたファテイ・アキン監督は、国や文化の違いの中で生きる移民家族の葛藤を多く描いてきた。私はわりとファティ・アキン作品が好きで見続けてきた。『そして、私たちは愛に帰る』(2007)、『愛より強
ジャン・ルノワールは、やっぱり凄い。倫理と自然、社会の秩序と自然の欲望、その狭間で生きている人間そのものの矛盾を戯画化するような傑作だ。『ゲームの規則』(1939)も上流階級の不道徳的な空騒ぎを描いた傑作だが、本作も自由気ままな放浪者が上流社会
本作はフリッツ・ラングの傑作『スカーレット・ストリート』(1945)の元ネタになったジャン・ルノワールの『牝犬』、1931年、ジャン・ルノワール監督の2作目のトーキー作品。ほんとにそっくりな映画で驚いた。原作があるので、同じ物語なのは当然と言えば当
本作はフリッツ・ラング作品で、翌年の1945年に作られた『緋色の街/スカーレット・ストリート』と同じキャストであり、連作とも言える似通った作品である。エドワード・G・ロビンソン、ジョーン・ベネット、ダン・デュリエという3人が同じような役回りを演じ
“忘れ去られたヌーベルヴァーグの名匠”として再評価が進むギィ・ジル監督が1963年に発表した長編デビュー作。劇場公開されたので、観てみた。全く知らない監督だった。ギィ・ジル監督が1959年に手がけた短編「Au biseau des baisers」を気に入った名匠ジャ